秒速5センチメートル Part3
at ANIMOVIE
539:超夢銀漢王
07/04/14 11:34:55 0EzkDidX
……ブランチの特集……え?あれ?終わり?
それはさておき、昨日のトークイベントの内容、文字起こししてみたんですが
聞いてる間はそういう印象でもなかったのにこうして見るとほとんど
ギサブロー氏が喋ってたんだなあと……orz
というわけであまり新海発言はないんですが、一応貼ってみます。
あと会話が全然つながってないように見えますがこれはギサブロー氏が
かなり突っ走ってたってのもありますが私の解釈が追いついてない部分も
あります……なるべく会話の内容をフラットに記録するようにしてたんですが……。
それと今回、事情により思いっきり会場着が遅れて、途中から聞き始めた
ので、最初の方がすっぽり抜けてますorz。
誰か他に観に行った方が前半の内容埋めてもらえると助かります。
聞き始めたところは、西村氏の作画をギサブロー氏が誉めてて、新海監督に
あれはどんな指示をしたの、ってあたりで監督が「指示の仕方が難しくて
作打ちの時間が一番嫌だった、その辺のスタッフとのやりとりを西村さんに
吸収役でやってもらった」と答えたとこくらい。
ギサブロー(以下ギ)「西村さんはバンドを持ってたりしてその辺の調整が上手いの
かも。彼はちょっと変わっていて、あらしのよるにの作業で忙しい最中なのに
バンドの練習っていって帰っちゃったりして、そのときはムッとしたもんだけど(笑)
その辺感性が変わっているのかも」
西村(以下西)「新海さんとやるときは普通のアニメーションのやり方はやめ
ようと思ってやってる」
540:超夢銀漢王
07/04/14 11:36:51 0EzkDidX
(1/3)
ギ「宮崎監督の描く少女のナイーブさっていうのはプロの上手さ。
あの重量感ある動きも含め全て計算づくの表現。
それに対して新海さんの描く少女のナイーブさっていうのは
心情的なもの」
「プロが同じことをやろうとするとあの素朴さが失われてしまう」
西「全カット新海さんが描いてくれる絵コンテがあってそれを生かす
よう作画している」
新「雲の向こうのときは大規模作業だったのでネットを通して作画の
やりとりなどもしていたので、スタッフがノっているかどうかと
いった雰囲気がつかめなかった。
今回はメインスタッフは集まって作業していたので、スタッフの
雰囲気のようなものが分かるのでチームワークで製作している
という感覚があった」
「その中で、とにかく自分で全部に手を入れよう、どこかに自分が
描いた鉛筆の線を残そうという気持ちがあった」
ギ「映像の持つ伝達性というのは音楽に似ていると思う。例えば馬が
走っているという映像は、単に走っているという事象+そこに
情感が込められている。これは映像言語という言葉を使うのだけど
新海さんの作品で考えると、背景というのは普通は状況説明でしか
ないわけなのだけど、例えば今回の雪景色、あれは単なる雪景色
ではなく、あの少年の不安感であるとか、ナイーブさといったものの
表現になっている。
こういった表現というのは、今どんどん減ってきてしまっている。
新海作品というのは、映像のもつ言語性を豊かに使っている。
物語は物語としてあるんだけど、それとは別の何かを伝えている」
「新海さんのアニメ作家としての仕事ということについてだが、
まず、アトムというものがあった(僕等が作ってたんだけど)あれは
テレビを中心とした新しい娯楽の形だったわけです。今の大部分の
アニメというのはその延長にある。そして成熟しすぎてしまっている。
成熟した文化というのは、様式化してしまい鮮度を失う。
僕は常々映画も芸能だ、と言っているのだけど、それは、作り手は
常にフレッシュな芸を提供し続けなければいけないということです。
観る側というのは、様式化されたものに付き合う義理はないんですよ。
そういった意味で作り手にも真剣さが必要。手馴れた作り方では駄目。
そういう、テレビが鮮度を失ってしまっている中で、アニメがどう
なっていくのか、市場としてどう発表していくのか、といった部分を
新海さんのような若い人たちに期待している」
541:超夢銀漢王
07/04/14 11:38:05 0EzkDidX
(2/3)
新「そういう意味では僕は常に一作ごとに悩んでしまっているんです。
悩んでいるから結局物語も僕の人生も答えが見つからないようなものに
なってしまって、『観客の皆さんも一緒に考えてください』みたいな
作りになってしまう。
僕は元々ゲームのムービーを作っていたんですが、ほしのこえを
作ったときもムービーを一本作っただけのつもりだったんです。
あと当時、90年代頃にJ文学というものが流行ってたのだけど読んで
みると俺でも書けるじゃんと思ってしまう。
そういったものを合わせて、音楽のようなアニメ、使い古された言葉を
繰り返しているだけなんだけど、5分くらいずっと聞いていると気持ちが
よくなってくるような、小説のような、音楽のようなものを作りたいと
思った。
「よく僕の作品は『アニメとしては〜』『映画としては〜』あまりよろしく
ない、と言われる。あるいは映画になってない、とか。
ただ作るのにアニメ業界の方の力を借りなくてはやっていけないわけで
そういう意味ではアニメ作品だとも思う。
今後、製作速度を落としてでも一人で作って行った方がいいのか、
それともこういう試みに賛同してくれる人たちとやっていく方が
いいのか、どちらがいいんでしょうね」
ギ「プロというのは、どうしても上手さを競う方向に言ってしまって
感性を競うという方向性はあまりない(西「評価軸が難しいですからね」)
今回の西村君の仕事がとても良かったのは監督のイメージを理屈を
越えて西村君が受け取っているところ。これは音楽をやっているから
だと思う。
僕は最初はこの作品は2,3人の仕事だと思っていたので、メインスタッフ
10人くらいときいて驚いた。人数が増えると、それだけイメージが
散ってしまってまとまらない。西村君が、そこを作画監督として
コントロールしている。
誰でも描いてると上手くはなっていくんだが、そうしたプロの技術の
上手さというのは、感性を伝える役はあまり果たさないものだ。
役者でも、上手い芝居は『して当たり前』なわけで。
今回の西村君の仕事は、プロの技が新海世界を、壊すのではなく
助けている方向に行っているのが素晴らしい」
「新海作品がアニメ文法として違っているという話だが、映画をある
『型』で観ようとするとそうなってしまう。
この映画の「切なさ」というのは、ムードなんです。音楽を聴いて
切ない、と感じるのは理屈じゃない。そういった、理屈を越えた切なさ
が、この映画にもある。だからこの映画を理詰めで解釈しようとすると
きっと分からなくなってしまうんです。
こういう作家は、(映画の世界に)踏み込んで行くと映画性が変わって
しまう。踏み込むというのは、かけるお金が変わったりといったこと
ですが、そうすると作品世界を維持するのが難しくなる。
例えば今10人で作っているのが50人になった途端に、スケールアップで
自分の世界が壊れてしまうもの。その辺をどう押さえて行くか、という
のが難しい」
新「その、どう押さえて行くかというのが自分でもまだ分かっていない。
もし、自分一人でやるとしたら、自分は絵そのものにもっと踏み込んで
行くと思う」
542:超夢銀漢王
07/04/14 11:39:25 0EzkDidX
(3/3)
ギ「新海監督らしさというのは物語の構成だと思う。
例えば第三話で、『自分が振り向いたら彼女も振り向く』って言ってて
そのあと電車がやってきて、通り過ぎたあと彼女はいない、ってある
でしょう。あれだけだと、『あれは結局何が言いたいの?』って
なっちゃうんですよ。
この『切なさ』を文学で考えると、『もっと行動起こさないから駄目
なんじゃないか』とかそういう話になるんだけど。
だからあの『切なさ』が何で切ないと感じるのかが分からない。でも
『切なさ』は残るんです。
もう一歩行くと、生々しい人間のドラマになっていくんですがそうは
していない。だから『音楽のような』切なさ」
新「僕はこの作品を『自分の気持ちを乗せるための入れ物』みたいにしたい
と思って作った。観た人が、自分の気持ちを当てはめるような余白を
作っておくというか」
ギ「僕は常々、映画論というのはフィルム論(物語論)と作家論ばかりに
なってしまっていると思っている。話の内容について語ればそれは
物語論だし、作家性について語るとそれは監督の話。でも映画を語ろうと
するとそれでは抜けている部分がある。
映画というのは1カット1カットが目の前から消えたあと、観客の中に
記憶として残るんですが、そこに自分の中の気持ちを埋めるという
特性がある。
一方で説明的な映画というものがあるとしたら、もう一方に、観た
観客の中で完成してもらう映画というのもあるんです。
新海さんの作り方は後者になると思う。
自分の映画の話だが、あらしのよるにのラストカットで、ガブとメイが
月を見上げて終わるんだけど、あのあとガブとメイはどうなるの?と
よく聞かれるんだが『それはガブとメイに聞いてもらわないと分から
ないよ』と言っちゃうんですね。その辺は観た人が作ってくれれば
いいなとオマカセしてしまっているんです。
ただ、そういう解釈の余地を残すことで逆に欲求不満になってしまう
映画というのもある。
そういう、答えをはっきり出さないことで哲学的な作品にしている
ものもあるが、僕はそういうのよりも、『なんだかわかんないけど
心地良かったな』って思える作品の方が好き。
映画というのは、観客が埋める部分を残しておかないと。作り手が
100%完成させるものじゃない」
新「次の作品はどうするのかはよく聞かれるんですが、先週も九州で
舞台挨拶があって、そのあと温泉につかってずっと考えてたんですが
もう開き直ることにした。まだこの作品が公開されて一ヵ月半なわけで
これから手探りで考えていく段階だと思う」
543:超夢銀漢王
07/04/14 11:42:40 0EzkDidX
以上、連投失礼しました。
全体的に
・『あらしのよるに』でもスタッフ参加した西村氏の、新海作品
への作画面での貢献度
・新海作品と音楽の類似性。感動を与えているのがストーリーとは
また別の何かであり、ストーリーだけ理詰めで考えていっても
作品から伝わる「切なさ」を説明しきれない。
といったあたりが論点だったと思います。
これまで背景は語られてましたがキャラ作画、演技や画面とのマッチングに
ついてはあまり語られてなかったので、その辺に視点が行くのは(まあ、
西村氏と知り合いだったというのもあるだろうけど)面白い視点だったかと。
踏み切りのあたりのシーン分析とか映画論のあたりの、実際のフィルムと
それを観て自分の中で組み立てたものの違いといった話は、もう少し
的確な表現されていたと思うんですが私の方で受け止め切れてなくて
伝わりにくいかも知れません、すみません。
しかしアニメージュの「アニメでお茶を」のコーナーで、雲のときも
今回も新海作品を賞賛してたギサブロー氏との対談だったというのに
遅刻してしまったのが悔やまれすぎるorz
日本アニメの黎明期から活躍してる大人物とは思えないほどの穏やかな
語り口と分かりやすい分析、そして映像作品への並ならぬ思い入れが
伝わってきました。
544:見ろ!名無しがゴミのようだ!
07/04/14 11:57:26 VE3L/w0p
乙。
流石にギサブローの言葉は重いな。
前半が聞きて〜。
どっかの雑誌に全文で載せるべき対談だろ。
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