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中央観光バスは、この項目へ転送されています。かつて存在した北海道中央バスの子会社の「中央観光バス」については「札幌第一観光バス」をご覧ください。
ZIPANG株式会社
ZIPANG Co.,Ltd.
種類株式会社
本社所在地571-0015
大阪府門真市三ツ島239-2
電話番号072-887-2100
設立2001年(平成13年)7月30日
業種陸運業
事業内容一般貸切旅客自動車運送事業
代表者代表取締役 北田吏量子
外部リンク ⇒http://www.zipang.cc/index.html
表・話・編・歴
ZIPANG株式会社(ジパング・じぱんぐ)は、大阪府に拠点を置く貸切バス専業のバス事業者である。
この項目では、同社の前身である「中央観光バス」及び中央観光バスより事業を引き継いだ「ジェイ・ジェイ交通(後にZIPANG JJに社名変更)」についても記述する。中央観光バス時代にはバスを「旅の主役」として位置付け、豪華な貸切車を多く保有していたことで有名。また、「ZIPANG」ブランドは、以後同社の代名詞ともなっており、現在の社名にも使用されている。
目次
1 概説
2 歴史
2.1 沿革
3 事業所
4 車両
4.1 稼動中の車両
4.2 過去に存在した車両
5 関連会社
6 登場する作品
7 関連項目
8 参考文献
9 外部リンク
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豪華貸切車ばかりがラインアップされ、観光バス業界の風雲児と言われた。
また、同じ大阪府に本拠を持つ貸切専業バス事業者の中央交通に対抗して、輸入商社として「バウルC.S.B商事」を設立、ネオプランをはじめとしてマンやボーバなどの輸入代理店となっていた(ただしボーバは中央観光バス以外には導入事業者は無かった)。特にネオプランは中央交通との間で激しい商戦が繰り広げられたという。
しかし、団体旅行の激減、会員募集旅行の増加という観光バス市場の変化についていくことは出来ず、2001年8月8日、事業停止により従業員全員が解雇されることになった。
同社の倒産から再生までの道のりを描いた「倒産から奇跡の復活劇」によると、倒産後の混乱期、相次ぐ予約のキャンセル、旧中央観光バス債権者から罵声を浴びせられる、連合系の組合員から退職金の担保として車両の半分近くを引き上げられる等苦難が続いたという。それでも全労連系組合長は「雇用を守る」と、組合員ドライバーが営業マンとしても活躍し、最終的に組合長が社長に就任することで再建の道筋をつけた。担保となっていた車両もトップ会談で「雇用と退職金は保証する」と約束して取り戻した。その後中央観光バス労働組合では『ジェイ・ジェイ交通株式会社』を設立、退職金債権として保全措置を講じていた車両28台とZIPANGの商標を代物弁済として譲り受け、事業を引き継いだ。2002年には『ZIPANG JJ(ジパング・ジェイ・ジェイ)』へ、その後2005年頃に『ZIPANG』が事業を引き継ぎ現在に至っている。
ZIPANG移行後、一時期事業廃止した千葉県の貸切バス事業者平和交通有限会社の元社員を中心に千葉県成田市に関東営業所を開設していたが、2008年に撤退した模様である。
沿革
1965年9月 - 中央観光株式会社として設立。
1974年5月 - 中央観光バス株式会社に社名変更。
2001年7月30日 - 労働組合により、ジェイ・ジェイ交通株式会社が設立。
2001年8月8日 - 中央観光バス株式会社が倒産。
2002年9月 - 中央観光バス株式会社から、ジェイ・ジェイ交通株式会社へ事業譲渡手続きが完了。
2002年11月1日 - ジェイ・ジェイ交通株式会社からジパング・ジェイ・ジェイ株式会社に社名変更。
2005年12月1日 - ジパング・ジェイ・ジェイの事業を継承し、ジパング株式会社が設立。
2007年4月17日 - Nox・Pm法回避のため門真営業所で使用している車両を同法適用外地域の南営業所を本拠地とした虚偽登録の疑いで社長が逮捕される
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事業所
門真営業所
大阪府門真市三ツ島239-2
南営業所
大阪府泉南郡岬町淡輪1530-1
当初からバスを旅の主役として位置付け、豪華な貸切車を多く保有していた。屋根上の装飾として、はとバスが導入していたスーパーバスの特徴でもあったミサイルのようなエアコンダクトを模した、バス・ロケットを設けた車両もあった。内装についても、スタンダード車であってもシャンデリアを装備するなど、豪華さを強調する仕様となっていた。中央観光独自の仕様として、車体サイズや外装装備品の特注設計に終わらず、車体そのものを基本から設計させたりしていた。同社のバスはジパングブランド以降は星5つがスタンダード、星7つがハイグレード車として区別されていた。
1979年には中央交通に少し遅れてネオプラン車を導入。N122/3スカイライナーが豪華サロンバス「エンパイアステートサルーン」として、1982年までに合計26台導入され、N116/3シティライナーも初期型の3軸車体が同時期に少数導入された。1982年後期導入のスカイライナー6台はモデルチェンジによりN122J/3となり、前面のバーチカルピラーが細くなるようにデザインが一新され、フロント側のサイドシルエットが「く」の字のような状態となり、フロントスクリーンの傾斜がきつくなった。