G-FREAKS
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読売ジャイアンツの応援団(よみうりジャイアンツのおうえんだん)とはプロ野球読売ジャイアンツを応援する応援団のことである。


目次

1 東京読売巨人軍応援団

1.1 概要

1.2 応援スタイルなど

1.3 球場での応援

1.4 限定応援

1.5 応援旗

1.5.1 選手別応援旗


1.6 横断幕

1.6.1 選手別横断幕

1.6.2 選手別横断幕(元巨人選手)


1.7 東京の応援団の解散とその後


2 読売ジャイアンツ応援団

2.1 概要

2.2 応援スタイル等

2.3 応援旗


3 読売巨人軍応援団GLOVE

3.1 概要

3.2 応援旗


4 三重巨勝会

4.1 事件とその後


5 G-FREAKS

5.1 概要

5.1.1 刑事事件の発生と活動禁止



6 名古屋連合会

7 その他の応援団

8 ナゴヤドームにおける応援活動について

9 映画・ドラマへの出演

10 脚注

11 関連項目

12 外部リンク


東京読売巨人軍応援団

東京読売巨人軍応援団(とうきょうよみうりきょじんぐんおうえんだん)は、1975年(昭和50年)に大阪[1] 1978年昭和53年)東京[2]に創立された私設応援団である。以前は北海道・東京・名古屋・大阪・広島に系列団体があったが2011年(平成23年)現在は2団体のみ現存する。
概要

応援時に白文字のYGロゴ入りの赤いポロシャツを着ていた為、通称「赤組」と呼ばれている。

後楽園球場時代では団員は全員、YGロゴ入りのオレンジの帽子を被っていた(現在は一部の団員のみ)。

2004年(平成16年)より、中京地区での活動を自粛(当時中京地区にあった他の私設応援団の暴力団との係わりや、その他の理由により)していたが、出入り禁止ではない(また2004年/平成16年7月10日にナゴヤドームで行なわれたオールスターゲームでも活動は行なわなかった)[3][4]

「東京読売巨人軍応援団」という名は厳密には東京の応援団の団名であり、他の系列応援団の団名は「東京読売巨人軍応援団」の団名の後に団体が存在する地名が入る。

「東京読売巨人軍応援団大阪」は1975年(昭和50年)に初代応援団長・福田甲一の呼びかけで結成された。
応援スタイルなど

「ジャイアンツのファンたるもの、選手同様、紳士であれ」をモットーに応援活動を行っているため、他球団を蔑むような応援(相手チームがアウトになった際のファンファーレ等)や野次などの行為は、一切行われていない。
このため、他球団へ移籍した選手に対してもブーイングは行わずにエールが送られている。

メガホンを使わず、声と手拍子だけで応援しよう」と呼びかけており、外野席では手拍子で応援するファンも多くなっている。

また、指笛を使用した応援も盛んである

グランド内へ物(メガホンなど)の投げ入れを、「選手の聖地であるグラウンドへ、物を投げるのを止めよう」と呼びかけている。

応援歌は選手の名前と掛けたものがいくつかある(小笠原道大は、「…明日を照らす道広げ…」で、道大にかけている。また、二岡智宏の2008年度の応援歌は「…二岡共に歩もう」で、二岡智宏にかけている)。

数年前から応援歌の著作権が問題になっていたため、2008年(平成20年)から二岡智宏阿部慎之助は応援歌を変更、清水隆行高橋由伸は歌詞のみを変更した[5]

2010年(平成22年)のシーズンにおいては、このシーズン中に亡くなった当時コーチの木村拓也の応援歌を1-9の際に原辰徳監督の応援歌の後に歌っていた[6]

原辰徳(監督)・木村・岡崎郁(コーチ)・篠塚和典(元コーチ)の応援歌の後半部分では振り付けがつけられている(木村は「Vへの道」の部分でVサイン)。

後楽園球場時代、一部の女性団員はスカートを履いてチアガールの応援をしていた(東京ドームになってからも、しばらくは行なっていた)。

木村が亡くなった当日の2010年(平成22年)4月7日 - 8日の阪神戦(阪神甲子園球場)や4月9日 - 11日の中日戦(東京ドーム)などでは球団旗による半旗や応援歌などの追悼が行なわれた(4月10日の二次会では当応援団の指導による黙祷が行なわれた。ちなみに4月7日の試合では全球場で行なわれた)。
球場での応援

1回の巨人攻撃開始時には「東京ファンファーレ」が演奏される。

6回の巨人攻撃開始前には「
侍ジャイアンツ」が演奏される。

7回の巨人攻撃開始前には「闘魂こめて」が演奏される(東京ドームでは球場の放送で流される)[7]ジェット風船はビジター・地方球場のみで使用される場合がある。

8回の攻撃開始前には「GOGO GIANTS」が演奏される。

9回には「巨人の星」が演奏されるが近年は演奏しない場合が多い。

※ただし、ビジターの試合では順番が入れ替わったり(東京ファンファーレは除く)、代わりに原辰徳監督の応援歌が流れたり、2010年(平成22年)には木村拓也元コーチの応援歌が演奏される事もあった。
限定応援

2009年(平成21年)7月7日?9日では全選手に対して、伝説の初代応援歌「闘魂マーチ」(王貞治にも使用された)を使用した(「闘魂マーチ」⇒「現役応援歌」の順で演奏した)[8]

2010年(平成22年)の「GREAT CENTRAL」?オールドユニホームシリーズ2010?では8月24日と26日は2009年(平成21年)と同じ方法で行なわれたが25日では、1980年代の応援歌を使用した(闘魂マーチは応援歌未定選手に対して演奏されたが矢野謙次に対しては矢野本人の応援歌が演奏された)[9][10][11][12][13][14]

2軍オープン戦での試合では選手別応援歌が無い選手に対してはオールド応援歌が使用されている[15]

北海道の応援団は他の系列応援団が使用するチャンステーマ以外にもスパルタンXチャンステーマに使用している(北海道の応援団員が遠征すると札幌ドーム以外でも演奏される)[16]

ナゴヤドームでの坂本勇人に対しての応援では「坂本コール」では無く、「ハヤトコール」となっていた(名古屋の有志が始めたもので応援団によるものではない、また2010年/平成22年のナゴヤドームでのクライマックスシリーズファイナルステージでも当応援団は「ハヤトコール」を使用した。平成24年度より現存応援団による活動が再開された為に坂本へのコールは「坂本」に統一されることとなった)。

2010年(平成22年)の開幕3連戦(3月26日?28日)では「応援幕&応援ボード祭」と称した応援を行なった(当応援団は「原点から頂点再び!」の横断幕を掲げた)[17]
応援旗

読売巨人軍の球団旗[18][19]

白地で中央に読売巨人軍がかつて使用していたエンブレム、右下に「巨人軍応援団」(東京と大阪の応援団が使用していて2010年/平成22年から東京の応援団では2枚所有していた)[20][21]

白地に中央にジャビットが描かれ下に「東京読売巨人軍応援団札幌」(北海道の応援団が使用している)

白地に読売巨人軍が球団創設70周年(2004年/平成16年)に使用したエンブレム、右下に「巨人軍応援団」(2004年/平成16年のみ使用)[22]


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