20世紀
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この項目では、西暦における20番目の世紀について説明しています。梨の品種については「ナシ#二十世紀」を、日本テレビ系列で放送されたドキュメンタリー番組については「二十世紀 (テレビ番組)」を、男性6人組アイドルグループ「V6」の年長者3人のチームについては「V6 (グループ)」をご覧ください。

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千年紀:2千年紀
世紀:19世紀 - 20世紀 - 21世紀
十年紀:1900年代 1910年代 1920年代 1930年代 1940年代
1950年代 1960年代 1970年代 1980年代 1990年代

日本の元号:明治 - 大正 - 昭和 - 平成
未曽有の経済的繁栄(マンハッタン摩天楼群)

20世紀(にじっせいき、にじゅっせいき)とは、西暦1901年から西暦2000年までの100年間を指す世紀2千年紀における最後の世紀である。漢字で二十世紀の他に、廿世紀と表記される場合もある。20世紀の詳細な出来事(年表)については、「20世紀の十年紀と各年」より各年代、各年の記事を参照のこと。
目次

1 歴史概説

2 政治経済史

2.1 帝国主義の崩壊

2.2 冷戦体制

2.3 世界経済の発展


3 重大なできごと・発明

3.1 科学・技術

3.2 戦争

3.3 政治

3.4 文化

3.5 その他


4 人物

4.1 首脳

4.2 産業と科学

4.3 人権運動

4.4 文化

4.5 音楽

4.6 スポーツ

4.7 その他


5 フィクションのできごと

6 脚注

7 関連項目

8 外部リンク

歴史概説

20世紀の人類科学の発展は著しかった。飛行機潜水艦宇宙ロケットの開発により、人類の行動可能な範囲は、空へ深海へ宇宙へと拡大した。そして、北極点、南極点への到達などにより、地球上での人類未踏の地はほぼなくなった。科学の発展は産業の発展をもたらし、大量生産、大量消費の社会を生み出し、人々の生活を豊かにした反面、環境問題など多くの解決しなければならない、諸問題をも生み出した。さらに高度な科学技術は、極めて破壊力の大きい兵器をも作り出し、現在では人類を何度も滅亡させることの出来るほどの核兵器化学兵器が存在する。

また、産業革命以降に増加のペースが早くなっていた世界人口は、20世紀に入り人口爆発とも呼ばれる急激な増加を見せた。20世紀初頭に約15億人だった世界人口は第二次世界大戦終結後の1950年に約25億人となり、それからわずか50年しか経ってない20世紀末には2倍以上となる約60億人にまで膨れ上がっている[1]
政治経済史
帝国主義の崩壊 ヤルタ会談(中央ソファー左からチャーチルルーズベルトスターリン

20世紀は、2度の世界大戦とその後の冷戦植民地の独立などにより、何度も政治的なパワーバランスの大きな変化が訪れた。19世紀までの西欧列強による植民地争奪競争と市民革命の流れは終了し、20世紀の初頭には列強による本国と獲得した植民地保護(帝国主義体制)を維持するために、勢力均衡による安全保障が図られるようになり、また市民革命人権問題白人至上主義等)などにおいては後まわしとされがちだった、社会改革・改良への要求が強まった。また日本の近代化の成功や日露戦争の勝利に刺激され、中国では辛亥革命[注 1]が起き、またイスラム圏の民族運動が盛んになった。

列強による勢力均衡が破れた時、第一次世界大戦が勃発した。この大戦は総力戦となり、ヨーロッパは疲弊し国際的な影響力が弱まった。また厭戦気分と専制政治への反感から、ロシア帝国では史上初の社会主義革命が発生し、世界最初の社会主義国家であるソビエト連邦が成立した。この大戦において敗戦国となったオーストリア=ハンガリー帝国ドイツ帝国オスマン帝国もまた、ロシア帝国同様に崩壊し、ローマ帝国以来およそ1900年以上の長きにわたって続いてきたヨーロッパにおける帝国支配の歴史は、名実共に崩壊の時を迎えた。その後の1930年代には世界恐慌が発生し、ここで行き詰った枢軸国と、植民地大国である連合国との間で第二次世界大戦が勃発した。
冷戦体制 東西冷戦(赤が共産主義陣営、青が資本主義陣営)

第二次世界大戦が終わると、2度の世界大戦を勝ち抜いたアメリカ合衆国超大国となり資本主義国を勢力下においた。さらに黒人の公民権運動などによりアメリカの民主主義はより高度なものに発展した。一方、これまで数百年の間欧米諸国、それも第二次世界大戦の勝戦国の植民地となっていたインド東南アジアでは独立運動が高まり、インドネシア独立戦争を火種に次々と独立していった。東南アジアでの独立運動は同じように、欧米の植民地だった中東やアフリカ大陸にも波及しアフリカの世紀と呼ばれる時期が訪れる。ソ連も大戦中に東欧諸国を衛星国化して超大国となった。両国は対立し冷戦と呼ばれる時代となった。

ヨーロッパ諸国は、アメリカや日本の経済力に対抗するため、EEC(欧州経済共同体)を発足し、さらにEC(欧州共同体)、EU(欧州連合)へと統合を進めた。ナショナリズムの高まりと西欧諸国の弱体化にともない、植民地の大半は独立し、第三世界と呼ばれるようになった。その後、東西の緊張緩和(デタント)の時期も存在したが、再び米ソ間は緊張状態に陥った。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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