10.8決戦
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10.8決戦(じってんはちけっせん)は、1994年10月8日日本愛知県名古屋市中川区ナゴヤ球場で行われた、日本野球機構セントラル・リーグ(以下「セ・リーグ」)の中日ドラゴンズ(以下「中日」と表記)対読売ジャイアンツ(以下「巨人」)第26回戦を指す通称である。

日本プロ野球史上初めて「リーグ戦(公式戦・レギュラーシーズン)最終戦時の勝率が同率首位で並んだチーム同士の直接対決」という優勝決定戦であり、巨人が勝利しリーグ優勝を果たした[注釈 1][注釈 2]。後述するように、日本社会の広い範囲から注目された事象である[1]
目次

1 「決戦」に至る経緯

1.1 最終戦の日程決定

1.2 10月6日の試合

1.2.1 試合終了時点での状況



2 10.8決戦

2.1 試合直前

2.1.1 当時の報道


2.2 試合経過

2.2.1 序盤

2.2.2 中盤・終盤

2.2.3 優勝決定

2.2.4 両チームの投手起用について

2.2.5 スコア

2.2.6 出場選手


2.3 球場内の雰囲気

2.4 関係者等のコメント

2.4.1 両チームの監督


2.5 警備、市中関係の状況

2.6 試合中継


3 試合直後

3.1 当時の報道

3.2 同率最終戦での最下位決定戦

3.3 高木監督留任決定


4 その後

4.1 「10.8決戦」という言葉

4.2 「10.8決戦」と結びつけて報じられた試合

4.2.1 2008年の「10.8」

4.2.2 2012年のクライマックスシリーズ


4.3 「最高の試合」第1位


5 脚注

5.1 関連経緯


6 参考文献

6.1 出典


「決戦」に至る経緯
最終戦の日程決定

この節の記載内容詳細については、1994年の野球#ペナントレースを参照

1994年当時、セ・リーグ公式戦は各チーム26回戦総当りの130試合制で行われていた[注釈 3]

同年の巨人は序盤から首位を快走していた[注釈 4]が、8月25日から9月3日にかけて8連敗を喫するなどして勢いを落とす[注釈 5]。対照的に中日は、優勝経験のある星野仙一を翌季から監督へ復帰させるプランが球団内部で台頭していたことから、前年2位で迎えた同年もAクラス(リーグ6球団中、上位3位以内)を維持していたシーズン中にもかかわらず、当時の監督である高木守道に「来季の契約をしない」旨を内示していた。この件が却って監督・選手ともに「最後の花道を優勝で飾ろう」と一丸となって巻き返しに出た[4]9月18日から10月2日にかけては9連勝を記録し、試合終了時間の関係で「単独首位」の形となったこともあるなど、巨人を猛然と追い上げた。なお、同監督の去就については#高木監督留任決定を参照。

巨人と中日は9月27日28日にナゴヤ球場でこのシーズン最後の対戦が組まれていたが、27日の試合は日本列島に接近していた台風の影響による悪天候で中止となり、予備日となっていた29日に順延となったが、その29日も今度は台風本体が東海地方に接近してまたも中止となり[注釈 6]、結局同リーグは翌30日に29日に中止された両チームの第26回戦を10月8日(土曜日)に組み込むことを含めた「追加日程」を発表し、ここに「10.8」の試合が日程上登場したことから、この事象が始まった[5]。なお、この時点で巨人と中日は66勝59敗0分(残り5試合)で並んでいた。
10月6日の試合

上記の追加日程発表後、巨人は3勝、中日は2勝1敗で10月6日を迎えた。巨人が明治神宮野球場ヤクルトスワローズ(以下、「ヤクルト」)と、中日がナゴヤ球場で阪神タイガースとそれぞれシーズン129試合目を戦ったが、試合前時点では巨人が1ゲーム差の首位で、巨人の勝利・中日の敗北で巨人の優勝決定となる状況にあった[注釈 7]
中日(対阪神)
先発投手・山本昌[注釈 8]の19勝目となる好投もあり、10-2と快勝。中日の大量リードのまま終盤にさしかかった際、下記のヤクルト対巨人の試合経過について、球場内に報じられる前にラジオ等で状況を把握した観客を中心におおいに沸き上がったという[6]
巨人(対ヤクルト)
先発三本柱」のうち斎藤雅樹を先発、槙原寛己リリーフに起用したが、7回に槙原が秦真司に3点本塁打を浴びるなどヤクルトに4得点を許し、6-2と逆転負け[注釈 9]。エース・岡林洋一を先発に立てたヤクルト側には「痛くもない腹を探られたくない」という事情もあった。同チーム選手会長であった秦は「(4日は)中日に勝ったのに、巨人に4連敗では野球ファンに申し訳ない。(中略)あとは8日に両チームに頑張ってもらうだけです」とコメントを残している[6]
試合終了時点での状況

6日の試合が終了した時点で巨人・中日の両チームはともに129試合を消化し、勝敗数が69勝60敗で並んだ[注釈 10]。両チームともに残り試合は10月8日の直接対決のみとなり、この試合に勝利したチームがセ・リーグ優勝を決定することになった[7]。同率で並んだ2チームがレギュラーシーズン最終戦で直接対戦してリーグ優勝・日本シリーズ出場権を決めるケースはプロ野球史上初の出来事であり[注釈 11]、現在もレギュラーシーズン公式戦(クライマックスシリーズなどのプレーオフは除く)でこのような状況は発生していない。当時の規則では引き分け再試合制を採用していたため、この試合が引き分けに終わった場合は再度の直接対決によってリーグ優勝を決定することになっていた。

10月6日の試合が終了した時点でのセ・リーグの順位は以下の通り。首位から最下位までが8.5ゲーム差に収まっている(前後の年との比較[注釈 12])。

順位球団名勝利数敗戦数引分数1位との
ゲーム差残り試合数
1位中日ドラゴンズ69600-1
1位読売ジャイアンツ69600-1
3位広島東洋カープ666303.01
4位阪神タイガース626807.5全日程終了
5位横浜ベイスターズ616808.01
6位ヤクルトスワローズ606808.52

10.8決戦
試合直前

ホームチームで「追いついた」側の中日は監督の高木以下、当日も変わらず「ここまできたら勝つ」というように[8]、普段通りの姿勢で臨むことを決めていた。

ビジターチームで「追いつかれた」側の巨人は、球場入りを控えた当日昼に宿舎にて行ったミーティングが、監督(当時)の長嶋茂雄が選手に対して「俺たちは勝つ」を連呼するという異例のものであった。さらに、中日の先発が予想された今中慎二を同シーズン唯一攻略した試合[注釈 4]ビデオを前日に名古屋入りしてから繰り返し見せ、選手たちにイメージを植え付けた[9](今中は、同季ここまでの対巨人戦が5勝2敗1セーブポイント防御率2.45[10]、地元の対巨人戦では11連勝中であり「巨人キラー」と呼ばれた[11])。


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