真偽は不明であるが、1899年に金石学者であった王懿栄(1845年 - 1900年)は、北京市内の漢方薬店で購入した龍骨(漢方薬の一種である骨)に金文(古代の金属器や石刻に刻まれた漢字)に類似した古文字を発見、これを解読すべく龍骨を大量に購入したと伝えられる。
1900年、義和団事変に伴う八ヶ国軍の北京侵入の際に王懿栄は自殺、収集した龍甲は小説家である劉鶚に譲渡され、その友人である金石学者羅振玉により龍甲は河南省北部の小屯村より出土したものであることが判明した。羅振玉は甲骨文字の解読を進め、この村は伝説上の存在と考えられていた殷王朝の遺構ではないかと推察した。その後王国維の研究により、ここが盤庚が遷都した後の殷都である説が唱えられた。
殷朝遺構の調査のため、1928年から甲骨の発掘調査が行われることになった。中央研究院は考古学者による発掘隊を組織、日中戦争で中断する1937年まで15回にわたる発掘作業を行い、甲骨だけでなく青銅器などの金属器や墳墓などの遺跡も発見された。1950年に発掘は再開され、1986年までの間に15万件の甲骨が発掘されている。 現在調査が進んだ殷墟の範囲は東西6km、南北4kmの地域で、?水
殷墟の規模と発掘物
22代王の帝武丁の王妃であった婦好の墳墓は、1976年にほぼ未盗掘の状態で発見され、墳墓からは6匹の犬のほか、少なくとも16人の殉死者が発掘され、他に副葬品として440以上の青銅器、約600もの玉石器、石彫類、骨角器、約7,000枚の当時の貝貨が出土している。
殷墟では多数の甲骨(亀の腹甲や牛や鹿の肩胛骨など)には文字か刻まれ、合計で5,000字以上の文字が確認され、そのうち1,700字ほどが解読されている。またこの甲骨文字の研究により、殷王朝の存在が同時代資料を通じて確認されたほか、この文字が現在使用される漢字の祖形となったことが確認されている。 この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。 中華人民共和国の世界遺産
登録基準
(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
関連項目
殷
殷璽
二里岡文化
中華人民共和国の世界遺産
世界遺産の一覧
外部リンク
⇒ユネスコによる殷墟の紹介(英語)
⇒考古用語辞典?殷墟遺跡
World Heritage Sites in the People's Republic of China
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