日本語の誤用(敬語に関するもの)も参照されたい。 尊敬語や謙譲語を重ねる表現。万葉集の時代から第二次世界大戦に至るまで天皇などに対しては積極的に使われ、また口語では天皇など以外に対しても用いられた。「いらっしゃる」(<いらせらる<いる+尊敬の助動詞「す」+尊敬の助動詞「らる」)や「思し召す」(思うの尊敬語「思す」+尊敬語「召す」)のように、二重敬語が慣用化して一語になったものも古くからある。 戦後になって、敬語の簡略化を目指した政府により、これからの平等社会には相応しくないとされるようになった。特に皇室関連では、それまで通例であった二重敬語が意識的に排除された。 一般に日本語の規範と考えられているNHKアナウンサーも、中立性を求められるNHKが皇族を過剰に敬ってはならないので皇族に対しては二重敬語を使わないようにしているものの、それ以外ではしばしば使っている。ただし、敬語の使い方を特に取り上げた番組では、誤りではないが好ましくない敬語として扱う。 例: 「許す」に尊敬の助動詞「す」を接続させたところへ更に尊敬の補助動詞「給ふ」を接続させている。古典文学において二重敬語は、地の文では天皇などに対する最高敬語として用いられる。会話文では天皇以外に対しても幅広く用いられる。 かつては普通に用いられた表現だが、現代社会においては、尊敬語「おっしゃる」と尊敬を表す助動詞「れる」を二重に用いるのは過剰で、「おっしゃった」または「言われた」がふさわしい。 かつては普通に用いられた表現だが、現代社会においては、「見る」の謙譲語「拝見する」に対してさらに「いたす」をつける必要はなく、「拝見しましたが」で十分である。 決して新しい表現ではなく、古典文学 ⇒[1] ⇒[2]から明治期の文学 ⇒[3] ⇒[4]、そして現在に至るまで使い続けられてきたものだが、敬語の理論を機械的に当てはめると矛盾した表現としても解釈できるため誤りとされることがある。古典で使われる場合は二方向敬語であると解釈する。最近ではその用法でない場合がある。例えば、下の森鴎外の例などは二方向敬語とは解釈できない。 丁寧な断定の助動詞「です」が形容詞や動詞に接続することが誤った用法とされることがある。このうち「おもしろいです」のように形容詞に接続したものについては、昭和27年の国語審議会『これからの敬語』により「合法化」された。動詞に接続したものについては『これからの敬語』でも合法化されず、「です」の接続はおかしいという感覚をもつ者が多い[5]が、井上史雄は、将来的には動詞も含めて全てに「です」が付くようになるだろうと予測している。 上記の「さ」入れ言葉以前の問題として、誰かの許可を得て何かを「させていただく」わけでない場面で、単に「いたす」の代用として「?させていただく」と言うこと自体を嫌う向きもある。元は関西地方の表現であり(伝統的に関西ではへりくだった遠回しな表現を好む傾向がある)、関西ではそれほど「させていただく」の多用が問題視されていない[6]。井上史雄は、このような表現が関西から東京へ広まったのは1950年代らしいとしている[7]。一見、反対する余地を与えるような表現をしながら結果的には一方的に進めていくこと自体があまりに形式的として反発する向きもある。使役動詞の「させる」にへりくだるための謙譲語「いただく」をつけた言葉であるため、平等社会にふさわしくない奴隷語の一種であるとして強く批判する意見もある[要出典]。 例: 「?してもらう」の謙譲語という意味を離れて「?していただく/お?いただく」を使ってしまう現象。これが定着すると、本当に誰かに依頼して何かを「していただく」ことを言いたいときに困ってしまう。 例: 「白ワインは冷やした方が、おいしくいただけます」という文でワインを「いただく」のは、この文の聞き手である。「いただく」が謙譲語であることを考えると、この文は自分ではなく相手の側を低めていることになってしまい、礼を失する。相手を軽んじる気持ちからあえて失礼な表現をしているなら失礼な日本語として正しいが、敬語としては誤りである。正しくは「おいしく召し上がれます」である。 しかし、文化庁国語科の1997年の調査ではこの表現を「気になる」と答えたのはわずか一割程度である。井上史雄はこの調査結果から、ここでの「いただく」はすでに謙譲語の意味を失って「たべる」の丁寧な言い方になったと判断した。
二重敬語
その年の夏、御息所、はかなき心地にわづらひて、まかでなむとしたまふを、暇さらに許させたまはず。(『源氏物語』)
家のだんなさまが、お前さんに会いたいから、つれて来いと、おっしゃられた。(昭和23年、菊池寛『 ⇒アラビヤンナイト』)
お葉書、拝見いたしましたが、ぼくの原稿、どうしても、――だめですか?(昭和12年、太宰治『 ⇒二十世紀旗手』)
謙譲語+れる・られる
拾得さんはいつごろから当寺におられますか。(大正5年、森鴎外『 ⇒寒山拾得』)「いる」の謙譲語「おる」+尊敬を表す助動詞「れる」。この表現を誤りと見る人もいる。
ある日山から虎に騎って帰って参られたのでございます。(同上)「来る」の謙譲語「参る」と尊敬の助動詞「れる」を接続した表現で、誤りとする人もいる。誤りだと言われないためには「いらっしゃる」が無難。「帰って」きたわけなので、二方向敬語と解釈すると自らを敬っていることになってしまう。
その講師の申されるのを聞けば、どのやうな破戒の罪人でも、阿弥陀仏に知遇し奉れば、浄土に往かれると申す事ぢや(大正10年、芥川龍之介『 ⇒往生絵巻』)。「言う」の謙譲語「申す」と尊敬を表す助動詞「れる」を接続した表現で、誤りとする人もいる。誤りだと言われないためには「おっしゃる」が無難。
形容詞・動詞+です
一体生徒が全然悪るいです。(明治39年、夏目漱石『坊っちゃん』)
それで君が上がられれば、これほど都合のいい事はないと思うですがね。(同上)
好いですか? 妙子を囲んでいるのは寂しい漢口(ハンカオ)の風景ですよ。(大正13年、芥川龍之介『或恋愛小説』)
「?させていただく」の濫用
それでは閉会させていただきます。(「誰も閉会していいとは言っていない」「嫌だと言ったら閉会を取り止めるのか」などとして「閉会いたします」が正しいとする人もいる)
(発信者が別会社に発信し、応対者が)○○は本日、お休みさせていただいております/お休みをいただいております。(電話の発信者が休みを与えたわけではないとして、「本日は休暇をとっております」が正しいとも)
「?していただく/お?いただく」の誤用
×取扱説明書をよくお読みいただいてからお使いください
この文の書き手Aと読み手Bの他に、Bより身分の高いCを想定して、(1) BからCに説明書の代読を依頼 (2) Cが説明書を読む、(3) Bが機器を使う――という手順を踏むべきだと言っているなら正しいが、読むのも使うのもBの場合には正しくは「取扱説明書をよくお読みになってからお使いください」とするべきである。常体に戻して「よく読んでから使え」と「よく読んでもらってから使え」を比べてみると分かりやすい。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
担当:Smilegreen