日本語の乱れ
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平仮名に長音符号

長音符号は、音引き・伸ばし棒とも呼ばれ、片仮名で用いられる。この長音符号を平仮名に用いるのは、昭和61年告示第1号『現代仮名遣い』の規定により誤用とされる。100年以上前の文部省発行の小学校教科書では、平仮名中の長音符号が正式に採用されていた時期があったが、数年で廃止された。

例:
おじーさん
正: おじいさん
らーめん
正: ラーメン、らあめん
交ぜ書き

公文書でも、かつては常用外漢字については基本的に交ぜ書きまたはかな書きされることが多かったが、この常用漢字も別記のように限界が見えてきたので、文部科学省は2005年、「数年以内に見直しを検討する」としている。

新聞・雑誌・書籍などにおいてもこうしたケースは少なくなく、たとえば

「荒唐無稽」→「荒唐無けい」

「誹謗中傷」→「ひぼう中傷」

「拉致」→「ら致」

といった具合に表記することがある。
当て字

当て字」とは、規範的な漢字の読みを無視して、便宜的または慣用的にまったく別の読みを当てることである。江戸時代から明治時代にかけては盛んに行われたが、近年はあまり行われない。それでも歌謡曲の歌詞では近年でも次のような表現が残る。

理由 - 「わけ」(正しくは「りゆう」)

孤独 - 「さびしさ」(同上「こどく」)

娘 - 「こ」(同上「むすめ」)

宇宙 - 「そら」(同上「うちゅう」)

送りがなの区別

「行」は「い・く/ゆ・く」「おこな・う」の2つの訓を持つが、連用形や過去形では両者の区分が付かない(「行った:いった/おこなった」)。このため便宜的に「おこなう」の送りがなを「おこ・なう」として区別することがある。
カタカナ文の濫用

昔から多い表記の揺れが、文章中にカタカナをやたらに多用することである。戦前の文学作品、手紙を書く時や個人経営の商店のチラシ、10?40代前半が対象の雑誌、テレビバラエティ番組等でのテロップ、そして携帯端末パソコンe-メールなど、数えだしたらきりがないが、次のような表現が見られる。

そんな無茶なことを云い出しては人迷わせだヨ。腕で無くって何で芸術が出来る。まして君なぞ既(すで)にいい腕になっているのだもの、いよいよ腕を磨(みが)くべしだネ。(昭和14年、幸田露伴『 ⇒鵞鳥』)

我々は見学だヨ(昭和6年、宮本百合子『 ⇒ソヴェト労働者の夏休み』)

風刺の意図を込める表現

と慰めて? 遣ったら、長江画伯イヨイヨ茫然とした淋しい顔になって眼をパチパチさせた。(昭和10年、夢野久作『 ⇒呑仙士』)

連用形の連体修飾

「×許可なく立ち入りを禁ず」の類。「許可なく」は連用形なので「立ち入り」という名詞を修飾することはできず、文法的に「禁ず」を修飾していると解釈される。正しくは「許可なき立ち入りを禁ず」のように「許可なく」を連体形にするか、「許可なく立ち入ることを禁ず」のように形式名詞を用いる必要がある。
全然?ない

全然 - 「全然?ない」などと後ろに否定を伴うのが正しいとされ、そうでない場合に「日本語の乱れ」とされる。しかし夏目漱石などによる近代初期の文学作品に否定を用いない例があり、社会における規範の方が変化した可能性が高い。「漢字の意味を考慮するなら『乱れ』どころか自己是正現象である」とする立場もある。間違っていると言われないための便法としては、「全く」、「完全に」、「非常に」などと言い換える方法がある。「とても」と言い換えるのは問題がある。「とても?できない」のように否定を伴う用法が本来だからである。なので、但し、「全然違う」、「全然だめ」、「全然反対」、「全然別」などは、否定的な要素が含まれていて、古くから使われているので、正しい言葉であるとしている[12]話し言葉では正しく、書き言葉では誤りとすべしという意見もある[要出典]。

一体生徒が全然悪るいです(明治39年、夏目漱石『 ⇒坊ちゃん』)

中に全然國語になつたものもある(明治41年、森鴎外『 ⇒假名遣意見』)

これと全然同じ話が支那にもある(大正14年、芥川龍之介『 ⇒才一巧亦不二』)

一方、「とても」は「とても?できない」のように否定を伴うのが本来であり、「とても?である」のように肯定に使うのは本来はおかしな用法なのだが、こちらは日本語の乱れとされることは少ない。「全然?だ」は古くからある用法だが、日本語の乱れとされる。「とても?だ」は新しい用法だが、日本語の乱れとはされない。古くからある用法が日本語の乱れとされることもあれば、新しい用法でも乱れとされないこともあるという例である。
尻上がりイントネーション

文節の語尾をいちいち上昇させるイントネーション。「今朝ねバタートースト↑食べたんだけど、まだ消化してない↑のかしらおなか空いてない↑つうかあ、…」。実際には声の高さは一旦上がったあと下がっているのだが、文節末で高さが下がるのは当たり前であるため、一般には語尾が上がっているかのように意識される[13]。話す内容は肯定文なのに疑問文のように聞こえるため、逐一確認されているように感じるとしてこれを嫌う者もいる。広い層に使用されている。

このイントネーションの起源には諸説ある[14]
NHKラジオの村岡花子調。

全共闘のアジテーション演説の口調

栃木・茨城などの北関東の方言の影響

ネサヨ禁止運動で語尾に「ねー、さー、よー」の助詞をつけることが嫌われるようになったが、ネサヨのイントネーションだけが残った。

文末でないことを示すイントネーションとして、平叙文の文末の下降調とも疑問文の文末の上昇調とも区別できる、いったん上げてすぐに下げるイントネーションが発達した。

海外での事例

このような「乱れ」は歴史上どの言語でも起こっていることである。また、本来生き物である言語を過剰に統制しようとすることを批判する立場も古今東西で共通している。

近年の日本の曲(いわゆるJ-POP)の中にも、「乱れた」日本語を用いた歌詞を持つものが多くある。そういった曲も
台湾香港などで流通している。それらの曲を聴いた現地の人が、それが標準的な日本語だと思ってしまうという問題も存在する。

参考文献

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^ 金田一春彦『金田一春彦著作集 第二巻』玉川大学出版部、2004年、30頁。
^ 金田一春彦『金田一春彦著作集 第二巻』玉川大学出版部、2004年、96頁


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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