公民権運動
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運動の形態ミシシッピ州の映画館の「有色人種専用入口」

これらの反人種差別運動は、アメリカにおいてこれまで「人種分離法」の下で人種分離、および人種差別を受け続けていた黒人をはじめとする有色人種が、アメリカ合衆国市民(公民)として法律上平等な地位を獲得することを目的としていたので、「公民権運動」と呼ばれるようになった。

運動においてはキング牧師らを中心とした黒人の聖職者が著名な指導者となったが、数多くの組織やアメリカインディアン日系アメリカ人などの他の有色人種や白人を含む個人が参加して行われたもので、運動の形態も、訴訟や街頭でのデモから、人種別の席などを設けている施設に対するボイコット、さらに「シット・イン」と呼ばれた、レストランの白人専用席での座り込みに至るまで多岐に渡った。

1960年に始まった「シット・イン」は、その後15都市で5万人が参加する大規模なものとなり、その後、このような非暴力的手段による抗議活動に賛同した一般市民による図書館やスケート場、プールや海水浴場対する同様の座り込みやボイコットが広く行われるようになった[4]

「シット・イン」をはじめとする、人種差別とそれを正当化する「人種分離法」への抗議活動の多くは、上記のように非暴力的な手段を用いて行われたものの、これに対して多くの州における警察当局は「治安維持」を理由にデモ隊を過酷に弾圧するなどしたため、これに反発した黒人らによる大規模な暴動に発展することもしばしばであった。しかし、これらの非暴力的な運動に対する弾圧や暴動は内外のマスコミで大きく報じられ、アメリカにおける人種差別の酷さと、それに非暴力的手段を用いることで抵抗の意思を示し、事態を改善しようとする黒人たちの姿を浮かび上がらせた。
リトルロック高校事件リトルロック・セントラル高校へ入学する黒人学生を警護する兵士ワシントン大行進で「I Have a Dream」で知られる演説を行うキング牧師

また、ローザ・パークス逮捕事件と「モンゴメリー・バス・ボイコット」に先立つ1954年には、公立学校における人種隔離を違憲としたブラウン対教育委員会裁判判決が最高裁において下され、これ以降、全米の学校において長年行われていた人種隔離が廃止されていくこととなった。

しかし、人種差別的な風潮が色濃く残る南部や中西部の各州においては、州政府により人種隔離への対応はまちまちであった。1957年には、ブラウン対教育委員会裁判判決以降も白人しか入学させていなかった、アーカンソー州立リトルロック・セントラル高校への9人の黒人学生の入学を、再選のための白人票稼ぎを目論んだ白人至上主義者のオーヴァル・フォーバス州知事が拒否し、「白人過激派による襲撃事件が起きるという情報があるので学校を閉鎖する」という理由をつけて州兵を召集し学校を閉鎖し、黒人学生の入学を妨害するという事件が起きた。

公民権運動が全米規模で盛り上がりを見せる中に発生したこの事件に対して、反人種差別運動家だけでなく、白人が多くを占めるアメリカ国内の世論、そして連邦政府も反発を見せた。

ドワイト・D・アイゼンハワー大統領はフォーバス州知事に事態の収拾を図るよう命令したが、この命令が無視されたため、急遽アイゼンハワー大統領はアメリカ陸軍の第101空挺師団を派遣し、入学する黒人学生を護衛させた。その後9人の黒人学生は無事に入学したが、白人学生からの執拗ないじめに遭うことになった。しかし8人の学生が卒業を果たした。
ワシントン大行進

これらの1950年代から1960年代にかけて起こった人種差別を元にした事件と、それに対する世論の反発は公民権運動家を力づけ、公民権運動はキング牧師らの呼びかけに応じて、人種差別や人種隔離の撤廃を求める20万人以上の参加者を集めた1963年ワシントンD.C.における「ワシントン大行進」で最高潮に達した。

この「ワシントン大行進」には、キング牧師やその理念に賛同する各団体のみならず、シドニー・ポワチエマーロン・ブランドハリー・ベラフォンテチャールトン・ヘストンなどの世界的スターも数多く参加するなど、アメリカ国内のみならず世界各国からの注目を浴びた。この時、キング牧師がワシントン記念塔広場で行った「I Have a Dream」の演説は、アメリカの歴史に残るものとして有名であるだけでなく、世界各国における人種差別解消運動に大きな影響を与えた。
成果
公民権法制定ホワイトハウスにてキング牧師などの公民権運動のリーダーと話すリンドン・B・ジョンソン大統領公民権法に署名するジョンソン大統領。後列中央はキング牧師

1960年に発足したジョン・F・ケネディ政権は公民権運動には比較的リベラルな対応を見せ、南部諸州の人種隔離法(一般にジム・クロウ法と総称される)を禁止する法案を次々に成立させた。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Momi