陸軍士官学校_(日本)
是非お友達にも!
◇暇つぶし何某◇

[Wikipedia|▼Menu]
1907年(明治40年)当時、市ヶ谷台の陸軍士官学校本部と正門 現在は防衛省市ヶ谷地区の市ヶ谷記念館として、部分現存している1937年6月に建設された市ヶ谷台の陸軍士官学校本部(陸軍予科士官学校本部)

陸軍士官学校(りくぐんしかんがっこう、陸軍士官學校)は、大日本帝国陸軍において現役兵科将校を養成する教育機関(軍学校)のこと。通称・略称は陸士(りくし)、士官学校英語圏では、Imperial Japanese Army Academyとして知られている。
目次

1 概要

1.1 「陸士」・「予士」・「航士」 

1.2 生徒・学生

1.3 「市ヶ谷台」・「相武台」・「修武台」・「振武台」

1.4 遺構


2 教育

2.1 教育綱領

2.2 教育課程

2.2.1 予科

2.2.2 本科


2.3 受験


3 歴史

3.1 起源

3.2 士官生徒制度(フランス式旧陸軍士官学校制度)

3.3 士官候補生制度採用

3.4 士官学校予科・本科制度

3.5 士官学校・予科士官学校

3.6 航空士官学校


4 本科生徒以外の学生等

4.1 准尉候補者

4.2 己種学生(少尉候補者学生)

4.3 丁種学生(特別志願将校学生)

4.4 留学生


5 文化

5.1 制服

5.2 校歌

5.3 休日

5.3.1 日曜下宿


5.4 百日祭

5.5 見学旅行

5.6 卒業式

5.7 武窓用語


6 歴代校長

7 出身者等

8 映画

9 脚注

10 参考文献

11 関連項目

12 外部リンク

概要 1910年代後期から1920年代最初期頃の士官候補生たる陸軍騎兵軍曹(第32期、賀陽宮恒憲王

陸軍士官学校教育ノ目的ハ、帝国陸軍ノ将校ト為ルベキ者ヲ養成スルニアリ

? 『陸軍士官学校教育綱領』冒頭

大日本帝国の「陸軍士官学校(陸士)」は、帝国陸軍の現役の兵科の将校となる者を養成する学校である。「現役」とは役種の一種であり、原則的にその停年まで陸軍に在籍し奉職する職業軍人を意味する。「兵科」とは、歩兵騎兵といった「兵科区分」であると同時に、「特定の兵科区分(広義の戦闘職種たる歩兵・騎兵・砲兵工兵輜重兵憲兵航空兵)の総称」である(経理・衛生・獣医・軍楽・技術・法務といった後方職種は「各部」と称し「兵科」とは区別される)。さらに1940年(昭和15年、昭和15年勅令第580号・第581号)には兵科区分は憲兵を除き撤廃されており、歩兵や航空兵と称さず一律に「兵科」と称するようになっている(「兵種」および兵種としての歩兵などは維持)。憲兵将校は他兵科(兵種)からの転科者を陸軍憲兵学校にて教育ののち補充させるものであり[1]、陸士では養成しない。「将校」とは陸軍では、役種や兵科部に関係なく大将から少尉までの軍人(将官佐官尉官)の総称である。「士官」は「将校」と同義とされることもあるが、陸軍では1937年(昭和12年、昭和12年勅令第12号)まではあくまで『陸軍武官官等表』上では尉官を「士官」と称しており(佐官は上長官、将官は変わらず将官)、「陸軍士官学校」とは尉官を養成する陸軍の学校という意味ともなる。

陸士は、上述の帝国陸軍の中核かつ本流たる未来の高級幹部たらん「生徒」を主に、ほか現役兵科将校となるべき選抜された兵科の准士官下士官予備役将校を「学生」、および外国軍将校候補者を「留学生」として迎え入れ将校教育を施す機関でもある(#本科生徒以外の学生等)。
「陸士」・「予士」・「航士」 詳細は「陸軍予科士官学校」および「陸軍航空士官学校」を参照 相武台こと座間の陸軍士官学校の皇族舎。1978年、陸上自衛隊によって振武台こと陸軍予科士官学校のあった朝霞(朝霞駐屯地)に移設され、振武臺記念館(振武台記念館)として運用される

帝国陸軍の黎明期からその解体まで組織には幾度の変容があるが、教育段階は旧制学校と同様に本科予科の二層立てであり教育内容も明確に異なる(#教育課程)。1937年(昭和12年)には人員増加等を理由に予科は「陸軍予科士官学校」と分離独立した学校となった。同時期、現役航空兵科将校(陸軍航空部隊向けの航空要員たる現役兵科将校)の教育に特化させた本科として「陸軍航空士官学校(当初は「陸軍航空士官学校分校」)も分離独立している。これらはそれぞれ「陸士」・「予士」・「航士」などと略称された(#歴史)。「陸軍予科士官学校」の独立後は本科たる「陸軍士官学校」のみを指して陸士と称されることもあるが、あくまで予士および航士も「陸軍士官学校」である。詳細は「陸軍幼年学校」、「陸軍大学校」、および「陸軍予備士官学校 (日本)」を参照

陸士等と関係する学校として、陸軍幼年学校(陸幼)は幾度の変容があるが、陸士が予科・本科制度となった1920年代以降は将校候補者すなわち将来は陸士の予科に入校し生徒となる者を、若年時から「純粋培養」する旧制中学校相当の養成機関である。陸幼生徒は陸士の予科生徒と合わせて「将校生徒」と呼称された。陸士の予科の生徒は大別してこの陸幼出身者と一般の中学出身者からなる。陸軍大学校(陸大)は主に参謀を養成する高等教育機関であり、選抜された陸士卒(己種・丁種学生を含む)の中尉・少尉が入校する。


ご協力下さい!!
■暇つぶし何某■

次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:101 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:FIRTREE