閏年
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閏年のポケットカレンダー。2008年2月29日がある。 1900年2月のカレンダー。西暦年が100で割り切れるが400では割り切れないため、1900年は平年となる(詳細は本文参照)。

閏年(うるうどし、じゅんねん、英語: leap year)とは、のあるである。これに対し、閏年ではない年を平年英語: common year)と呼ぶ。

閏年は、太陽暦においては太陽の運行とのずれを補正するために、平年より暦日が一つ多く、太陰太陽暦においては、の運行とのずれを補正するために暦月が一つ多い。その追加された日や月を閏日閏月、総称してと呼ぶ。閏の挿入規則を置閏法(ちじゅんほう)と呼ぶ。なお、「閏」の字が常用漢字表に含まれていないため、うるう年やうるう月、うるう日と書かれる場合もある。
目次

1 太陽暦

1.1 古代エジプト

1.2 ユリウス暦

1.3 グレゴリオ暦

1.3.1 日本における閏年の根拠法

1.3.2 グレゴリオ暦の閏年に関するトピックス


1.4 修正ユリウス暦

1.5 閏週

1.5.1 平年を364日とするもの

1.5.2 平年を365日とするもの



2 太陰暦

2.1 ヒジュラ暦


3 太陰太陽暦

3.1 中国暦


4 閏秒

5 コンピュータシステムと閏年

6 誕生日

7 脚注

8 関連項目

太陽暦

太陽暦では、季節に暦を一致させるため、暦年の平均の長さを平均回帰年(365.242 189 44日≒365日5時間48分45.168秒[1])になるべく一致させる。

太陽暦では、平年は365日であり、閏年は閏日が挿入されて366日である。現在広く採用されているグレゴリオ暦では、閏年は400年間に97回ある。
古代エジプト

古代エジプトの暦には閏年はなく、1暦年は常に365日であった。そのため、4.129年に1日の割合で暦と季節がずれた。当時すでに回帰年は365.25日という観測値が得られていたが、暦に反映されることはなかった。農民は暦ではなく恒星シリウスの動きを頼りに農作業のスケジュールを決めた。
ユリウス暦

ユリウス暦は、紀元前46年古代ローマで採用され、4年に1回を閏年としていた。但し、導入直後は混乱が見られ、3年に1回を閏年としたり、暫く閏年を置かない期間があった(詳細はユリウス暦を参照)。

ユリウス暦では、閏年には2月の日数を1日増やして29日とする。閏日を2月に挿入したのは、ローマ暦の初期にはMartius(後の3月)が年初でFebruarius(後の2月)が年末だったからである。厳密には共和政初期にIanuarius(後の1月)を年初とするように変更されたが、まだ古い慣習が残っていた。

ユリウス暦の置閏法では1暦年は平均365.25日となり、約128年に1日の割合で暦と季節がずれるが、これでも閏年を置かない場合に比べれば大きな進歩であった。しかし、1500年以上に亘って使われていくうちに、次第に暦と天文学上の現象がずれてきた。ローマ・カトリック教会では325年ニカイア公会議春分3月21日と定めてそれを基に復活祭の日付を決めることにしたが、日数が多いが故に、16世紀には天文学上の春分が暦の上では3月11日となってしまい、問題視されるようになった。
グレゴリオ暦

ユリウス暦では春分日がずれる問題を解決するため、ローマ教皇グレゴリウス13世は、当時を代表する学者たちを招集して委員会を作り、暦の研究を行わせた。こうして、1582年グレゴリオ暦が制定された。グレゴリオ暦はその後数百年かけて各国で採用され、現在に至っている。

グレゴリオ暦では、次の規則に従って400年間に97回の閏年を設ける。
西暦年が4で割り切れる年は閏年。

ただし、西暦年が100で割り切れる年は平年。

ただし、西暦年が400で割り切れる年は閏年。

この置閏法によると、400年間における平均1暦年は、365+97/400=365.2425日(365日5時間49分12秒ちょうど)となり、平均回帰年との差は、1年当たり26.832秒(2015年における値)となって、かなり誤差が小さくなる。この誤差による暦と季節とのずれは約3320年で1日となる。上記の但し書きを1回で表すと、「400年に3回、100で割り切れるが400で割り切れない年は、例外で平年とする」ということになる。

グレゴリオ暦では、ユリウス暦と同じく、閏年には2月が29日まである。従って、現在のグレゴリオ暦では2月29日閏日である。しかし、西洋の古い伝統を引き継ぐ地域では、2月24日が閏日とみなされる。詳細は「閏日#欧米」(欧米で2月24日が閏日であることの由来)を参照。
日本における閏年の根拠法

ウィキソースに閏年ニ関スル件の原文があります。

日本においては、閏年の判定は西暦ではなく皇紀(神武天皇即位紀元)によって行うことが法令(明治31年<西暦1898年>勅令第90号(閏年ニ関スル件))により定められ、現在に至っている。

明治三十一年勅令第九十号(閏年ニ関スル件・明治三十一年五月十一日勅令第九十号)神武天皇即位紀元年数ノ四ヲ以テ整除シ得ヘキ年ヲ閏年トス
但シ紀元年数ヨリ六百六十ヲ減シテ百ヲ以テ整除シ得ヘキモノノ中更ニ四ヲ以テ商ヲ整除シ得サル年ハ平年トス

これは、現代の表記に直すと次の通りである。
神武天皇即位紀元年数(皇紀年数)を4で割って、割り切れる年を閏年とする。

ただし、皇紀年数から660を引くと100で割り切れる年で、かつ100で割った時の商が4で割り切れない年は平年とする。

これは西暦年数から閏年を判定する方法と同値である。

なお、西暦何年が閏年であったかについては、「[]曜日から始まる閏年」の項目を参照。
グレゴリオ暦の閏年に関するトピックス

近代オリンピック夏季オリンピックは4年に1回、西暦年が4で割り切れる年に開催される。そして、1924年に開始された冬季オリンピックも、1992年アルベールビルオリンピックまでは、夏季と同じ西暦年が4で割り切れる年に開かれていた。このため、閏年はスポーツ関係を中心にしばしば「オリンピックイヤー」という名称で呼ばれている。しかし、第2回パリオリンピックが開催された西暦1900年は、閏年ではなく平年であった(100で割り切れるが400で割り切れない)ので、この呼称は正しいとは言えない。なお、西暦2100年も、100で割り切れるが400で割り切れない年数なので、夏季オリンピックが開かれる年であるが、平年である。

アメリカ合衆国大統領選挙も、最初の1789年の選挙を除き、西暦年が4で割り切れる年に実施されてきたが、それらの年は閏年とは限らない[2]

閏年の西暦年は必ず4で割り切れるので、閏年の十二支のいずれかである。また、400年に3回の例外が来ない限り、同じ曜日2月29日は28年周期で繰り返される(→日)。


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