金英哲
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キム・ヨンチョル金英哲
2018年5月31日アメリカ合衆国ニューヨーク市
生誕1946年(71?72歳)
政党朝鮮労働党

金英哲
各種表記
ハングル:???
漢字:金英哲/金英徹
発音:キム・ヨンチョル
英語表記:Kim Yong-chol
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金 英哲(もしくは金 英徹、キム・ヨンチョル、朝鮮語: ???、1946年 - )は、朝鮮民主主義人民共和国北朝鮮)の政治家軍人朝鮮労働党中央委員会政治局員、同党中央委員会副委員長、同党中央軍事委員会委員、同党統一戦線部長、朝鮮民主主義人民共和国国務委員会委員。確認されている最終軍歴は朝鮮人民軍偵察総局長軍副総参謀長朝鮮人民軍における軍事称号(階級)は上将であった。

大量破壊兵器開発や、天安沈没事件延坪島砲撃事件ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントへのハッキング事件などの国際テロリズムに関与しているとされ、アメリカ合衆国欧州連合諸国、オーストラリア大韓民国の世界31カ国から独自制裁を課されている[1][2]
略歴

両江道出身。万景台革命学院金日成軍事総合大学を卒業。1962年より朝鮮人民軍15師団DMZ民警中隊で勤務し、人民軍少佐であった1968年プエブロ号事件での軍事停戦委員会の連絡将校を務めた[3]1989年2月の人民武力部副局長就任以降、少将中将の地位で対南(対韓国)業務を継続して担当し、南北将官級会談の北朝鮮側代表として活動した。

2009年朝鮮民主主義人民共和国国防委員会政策室長となる。同年に上将に昇進し、党作戦部党対外情報調査部軍総参謀部偵察局が統合して発足した朝鮮人民軍偵察総局の初代総局長に就任する[4]2010年3月の天安沈没事件を主導した「強硬派」とされ[5]、同年9月の第3回党代表者大会で党中央軍事委員会の委員に選出された。

2012年2月15日付で上将から大将に昇進したが[6]、同年秋に行われた大規模検閲で中将に降格される。これについては、偵察総局内での旧党作戦部と旧軍偵察局間の勢力争いが原因とされている[4]

降格から3ヵ月後の2013年2月に大将への復帰が確認され、2012年12月の事実上の弾道ミサイル発射実験や2013年2月の3度目の核実験で、外交的な対北朝鮮包囲網が強まる中、3月5日に金英哲が朝鮮中央テレビで「休戦協定の白紙化」を宣言し、4月には各国の特命全権大使を呼び出し北朝鮮からの退避勧告を伝えるなどし、強行外交を主導した[7][8]

2014年3月に行われた第13期最高人民会議代議員選挙で代議員に再選された。

韓国国家情報院によると、2015年4月に大将から上将に降格された[9]

2015年8月4日、非武装中立地帯 (DMZ)に仕掛けられた地雷の爆発で韓国軍兵士2人が重傷を負う事件があった。この地雷埋設を主導した人物として疑われている[10]

2015年12月29日に死去した金養建の後を継いで対韓国政策を司る党中央委員会書記局書記(対南担当)、党統一戦線部長に就任したと見られた[11]2016年2月11日、朝鮮中央通信がラオスへ訪問する朝鮮労働党代表団の団長として金英哲を党中央委員会書記の肩書きで紹介し、党書記を務めていることが確定した[12]

また2016年5月に開催された朝鮮労働党第7次大会で党統一戦線部長に就任していたことも確定し、序列が18位になっていたことも確認された[13]。同大会では党中央委員会政治局員と党中央軍事委員会委員、党中央委員会書記に代わって新設された党中央委員会副委員長に就任し[14][15]、同大会終了時点で党内序列も12位に昇格したことが確認されている[16]

これに続いて、同年6月29日に開催された第13期最高人民会議第4回会議では、国防委員会に代わって新設された国務委員会の委員に選出された[17]。しかし、韓国統一省によると高圧的態度などの理由により2016年8月中旬までの約1カ月間農場で革命化教育を受けたという[18]

2018年2月25日に韓国で行われた平昌オリンピック閉会式に北朝鮮代表団の一員として出席したが、天安沈没事件を主導した強硬派の来訪については韓国国内から遺族や保守系野党を中心に反発の声が上がった[19]

2018年3月25日に最高指導者就任後の初外遊で中華人民共和国を訪問した金正恩にその妻の李雪主夫人や同じ党副委員長の李洙ヨン崔竜海らとともに同行した[20]

2018年4月27日、板門店南北首脳会談に金与正とともに同行した[21]

2018年5月7日、中国の大連習近平総書記と会談した金正恩朝鮮労働党委員長の訪中に同行した[22]

国際テロリズム容疑で米国への入国が禁止されていたが、特例によりチェ・ガンイル北米局副局長とともに[23]5月30日に中国国際航空航空機で空路ジョン・F・ケネディ国際空港より入国。ニューヨークマイク・ポンペオアメリカ合衆国国務長官と夕食会などで協議を行った[24]。北朝鮮要人の訪米は2000年の趙明禄国防委員会第一副委員長以来約18年ぶりとなった[25]。翌日、ホワイトハウスの大統領執務室を訪れ、ドナルド・トランプ米大統領へ金正恩国務委員長の親書を手渡し、予定されている米朝首脳会談について討議した[26]

2018年6月、米朝首脳会談のためにシンガポールを訪問した金正恩に金与正や李洙ヨンらとともに同行した[27]
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