野村 沙知代(のむら さちよ,旧名・伊東芳枝(いとうよしえ)、1932年3月26日 - )は社会人野球・シダックス野球部野村克也監督夫人、タレント。プロ野球選手カツノリ(野村克則)、アメリカ球界代理人団野村、ケニー野村の実母である。福島県西白河郡西郷村出身。血液型は、B型。
愛称は「サッチー」。
2001年12月5日に、法人税法と所得税法違反(脱税)容疑で東京地検特捜部に逮捕され(同年12月26日に起訴、翌日釈放)、同日夜、夫の克也も成績不振と沙知代の脱税容疑のため阪神タイガースの監督を辞任した。 1999年に起きたミッチー・サッチー騒動で取り上げられた騒動以外にも、過去に様々な芸能人やその関係者とトラブルを起こしていた。以下はその一例。 1995年、テレビ朝日の「さんまのナンでもダービー」に出演した際、周囲への配慮の欠如とあまりの横柄な態度に司会者の明石家さんまが激怒、さんまは「二度とあんな奴使うな!」とスタッフに猛抗議したが、スタッフはこれを受け入れるどころか逆にさんまが沙知代に謝罪するよう要求した。これがさんまと番組スタッフとの確執の発端となり「ナンでもダービー」は後に打ち切りとなり、さんまはテレビ朝日と事実上の絶縁状態となった。尚、この番組の打ち切り以降、さんまは1996年春の「さんまのナンでもダービー」復活特番以来、「ま。いっか、
目次
1 経歴など
2 その他の騒動
3 以前に出演していたテレビ番組
4 関連項目
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経歴など
団(ダン)、ケニーは前夫である米国人との間に生まれた。1973年7月には野村克也との間に克則が生まれた。その後1976年5月に米国人の前夫と離婚、1978年4月野村克也と結婚した。克也も前妻と離婚しての再婚であり、当時在籍した南海ホークスでの沙知代の評判は悪かったようである。
少年野球チーム「港東ムース」のオーナーも務め、選手の親も含めた厳しい指導で知られた。
1996年(平成8)10月20日施行の第41回衆院選に東京5区から新進党公認候補として出馬し落選。この際、選挙公報などに虚偽の経歴(婚姻暦など)を公表したとして公職選挙法違反(虚偽事実公表罪)で告発されたが不起訴となる。
自称「コロンビア大学出身」だが、学歴詐称の説あり(大学側によれば過去の記録に彼女の名前はないという)。
1999年3月31日に、「大沢悠里のゆうゆうワイド」(TBSラジオ)のレギュラーを降板した女優の浅香光代が、同日の放送中に以前舞台で共演した沙知代を批判したことから始まったとされる、いわゆるサッチー騒動が、長期にわたってテレビのワイドショーを賑わせた。その中で、タレントのデヴィ夫人、元フィギュアスケート選手の渡部絵美らが批判に回り、一方、日本料理人の神田川俊郎や占い師の細木数子らが擁護派に回るなど、各界を巻き込む騒動となった。この騒動は沙知代の逮捕・起訴で一応の幕は下りることになる。
2001年12月、約5億6800万円の所得を隠し法人税と所得税合わせて2億1300万円を脱税していたとして、法人税法違反(脱税)などの疑いで東京地検特捜部に逮捕起訴され、2002年3月19日の東京地裁における初公判で本人が起訴事実を全面的に認め即日結審。同年5月1日、沙知代本人に対し懲役2年・執行猶予4年、罰金2100万円(求刑・懲役2年、罰金2600万円)、経営していたノムラとデイーアンドケイーの2社に対し、罰金3200万円(求刑・罰金3900万円)(罰金総計5300万円)の判決が言い渡された。この判決に対し、二男・ケニーはテレビ朝日のスーパーJチャンネルにおいて、自分の執筆した告発本が母を追いつめたとして「正義が勝った」と語ったと伝えられる。
2004年11月、フジテレビ・クイズ!ヘキサゴンでテレビ出演に復帰した。
同局の特番・『世界絶叫グランプリ』では全米の超恐怖と言われる4大マシーンを表情変えずに完全制覇!
2005年8月3日、20歳若返り整形手術を10月末に行うとの記者会見があった。
実弟の伊東信義氏による暴露本『姉野村沙知代』が発売されている。
その他の騒動
1996年1月、笑っていいとも!のテレフォンショッキングのコーナーに角盈男の紹介でゲスト出演したあと、同年4月から金曜コーナー「タモちゃんのサッチーとスポーツ新聞を読もう!」のコーナーレギュラー出演。金曜日はレギュラー陣にこの当時、中居正広(SMAP、現・火曜レギュラー)、ナインティナイン(岡村隆史・矢部浩之、翌年3月降板)がいたが、このコーナーには司会のタモリと2人でのみ出演した。