藤井聡太
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 藤井 聡太 七段
名前藤井 聡太
生年月日 (2002-07-19) 2002年7月19日(16歳)
プロ入り年月日2016年10月1日(14歳)
棋士番号307
出身地愛知県瀬戸市
師匠杉本昌隆 七段
段位七段
戦績
一般棋戦優勝回数1回
2018年2月17日現在
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■Template

藤井 聡太(ふじい そうた、2002年7月19日 - )は将棋棋士[1]杉本昌隆七段門下[1]。棋士番号は307[1]愛知県瀬戸市出身[1]名古屋大学教育学部附属高等学校在学中(2018年4月 - )[2][3]
目次

1 アマチュア時代

1.1 幼少時代

1.2 研修会

1.3 奨励会


2 プロ棋士としての棋歴

2.1 2016年度

2.2 2017年度

2.3 2018年度


3 棋風

4 詰将棋

5 人物

6 エピソード

7 活躍による影響

8 昇段履歴

9 主な成績

9.1 タイトル・永世称号

9.2 一般棋戦優勝

9.3 在籍クラス

9.4 将棋大賞

9.5 記録

9.5.1 最年少記録

9.5.2 その他記録


9.6 詰将棋の記録・表彰

9.7 その他表彰


10 出演

10.1 テレビ

10.2 インターネットテレビ


11 脚注

11.1 注釈

11.2 出典


12 参考文献

13 外部リンク

アマチュア時代
幼少時代

5歳であった2007年の夏、祖父母から将棋の手ほどきを受け[注釈 1]、同年の12月に瀬戸市内の将棋教室に入会[4]。入会時に師範から渡された、500ページ近い厚さの所司和晴『駒落ち定跡』(日本将棋連盟、ISBN 4819702092)を、まだ読み書きができない藤井は符号を頼りに読み進め、1年後には完全に理解・記憶した[5]

藤井が将棋大会に出るようになると、あまりにも強い藤井と当たるのを嫌がり、あえて別の地区の将棋大会に出た同年代の子供がいた[6]
研修会

2010年3月、小学校1年生で東海研修会に入会[7]

2011年8月、小学校3年生で第10回全国小学生倉敷王将戦・低学年の部で優勝[8]。同年10月にJT将棋日本シリーズ東海大会の低学年の部で優勝[9]

2012年6月に研修会B1に昇級し、同年9月、小学校4年生で奨励会に入会(6級)[10][注釈 2]
奨励会

中学1年生であった2015年10月18日に、史上最年少(13歳2か月)で奨励会三段に昇段し、複数のマスコミで報じられた[注釈 3][13][14]。ただし、その2週間前、同年10月3日に開幕した第58回奨励会三段リーグ戦(2015年度後期)[15]には間に合わず、半年近く足止めとなった[16]

中学2年生で迎えた第59回奨励会三段リーグ戦(2016年度前期)[17]で、2016年9月3日に、同年10月1日付・14歳2か月での四段昇段=プロ入りを決め[注釈 4]、最年少棋士記録を62年ぶりに更新した(加藤一二三が1954年8月1日に14歳7か月で四段昇段)[10][18]。中学生棋士は、加藤一二三谷川浩司羽生善治渡辺明に続いて5人目[10][18]、三段リーグを1期抜けしたのは、小倉久史屋敷伸之川上猛松尾歩三枚堂達也に続いて6人目であった[注釈 5][10]
プロ棋士としての棋歴
2016年度

公式戦初対局は、2016年12月24日に行われた第30期竜王戦6組ランキング戦、加藤一二三との対局であった[19]。両棋士の年齢差は62歳6か月であり、記録に残っているプロ棋士の公式戦では最多年齢差の対局となった[19]。藤井が更新するまで最年少棋士記録を保持していた加藤を110手で破った藤井は、公式戦勝利の史上最年少記録を更新した(14歳5か月)[19]
2017年度

4月4日、王将戦1次予選で小林裕士に勝ち、プロデビューからの連勝記録を更新した(11連勝)[20][21][注釈 6]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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