自然
[Wikipedia|▼Menu]

自然(しぜん、: φ?σι? : natura : nature)について解説する。
目次

1 語義

2 自然の観方の歴史

2.1 古代ギリシア:ピュシスとノモス

2.2 中世ヨーロッパ

2.3 近代ヨーロッパ

2.4 東アジア

2.5 自然(じねん)


3 自然界

3.1 地球

3.1.1 地質学

3.1.2 歴史的観点


3.2 大気・気候・気象

3.3 水圏

3.3.1 大洋

3.3.2 湖

3.3.3 池沼

3.3.4 河川

3.3.5 渓流


3.4 生態系

3.4.1 原生地域


3.5 生命

3.5.1 進化

3.5.2 微生物

3.5.3 動植物


3.6 人間と自然。豊かさとエコロジー

3.6.1 美と自然


3.7 物質とエネルギー

3.8 地球以外


4 自然主義

5 脚注・出典

6 関連項目

7 外部リンク

語義

自然には次のような意味がある[要出典]。
人為が加わっていない、ありのままの状態、現象[要出典]。 対義語=人工

1の意味より、など。人工物の少ない環境。自然環境。[要出典]

# 1の意味より、人間を除く自然物および生物全般。[要出典]# 1の意味より、ヒトも含めた天地・宇宙の万物。[要出典][注 1]
人災に対置した天災、あるいは人工造成物に対置した天然造成物を考えた場合の、それらを引き起こす主体。[要出典]

意識(意図)しない行動。[要出典]

不思議さ、不可解さを含むと思われる可能性がない事[要出典]。

自然の観方の歴史

自然の観方、位置づけのしかた、意味の見出し方などのことを自然観と言う。

例えば「自然は人間文化と対峙するという見方」「自然のなかに文化的模範を見つけるべきとする見方」「自然と人造物が一体となるのが文化的景観とする見方」等々が自然観である[要出典]。「自然観」も参照
古代ギリシア:ピュシスとノモス

古代ギリシアでは「φ?σι? ピュシス(自然)」は世界の根源とされ、絶対的な存在として把握された。

対立概念にノモス(法や社会制度)があり、ノモスはピュシスのような絶対的な存在ではなく、相対的な存在であり、人為的なものであるがゆえ、変更可能であると考えられた。フェリクス・ハイニマン(ドイツ語版)は、古代ギリシア人の思考方法の特徴のひとつにこのような対立的な思考(アンチテーゼ)がある、とし、このピュシス/ノモスの対立を根本的なものとした[1]。またこの対立はパルメニデスドクサ(臆見)とアレーテイア(真理)の対立の変形としてエレア派が行ったともいわれる[2]

古代ギリシア語における「φ?σι? ピュシス」の意味は「生じる」「成長する」といった意味をもっていた[3]。またソフォクレスエウリピデスの語法では「誕生」「素性」あるいは「天性」という意味がある[4]。エウリピデスの語法には「たとい奴隷の子であれ、ピュシスに関して勇敢で正しいものの方が、むなしい評判(ドクサスマ)だけのものより高貴な生まれのものだ」(『縛られたメラニッペ』断片495,41)などがある[5]

このような古代ギリシアにおける自然/文化・社会との分割が、のちのローマやヨーロッパの思想史のなかでの議論の基盤のひとつとなった。

紀元前4世紀、アリストテレスは、自著『形而上学』において、神学形而上学を「第一哲学」と位置づけ、自然哲学を「第二哲学」と呼んだ。というのは、自然哲学が、対象としている形相の説明も行っているからであるという[6]。ここにおける「philosophia physiceフィロソフィア・ピュシス」という表現が、古代ギリシャ語文献の中に「自然哲学」という表現が現れた最初のものであるという[7]。「自然哲学」も参照
中世ヨーロッパ

スコラ哲学の時代においては一般に、「神は二つの書物をお書きになった」、「神は、聖書という書物と、自然という書物をお書きになった」と考えられていた[8]

聖書を読むことでの意図を知ることができるとされていた。また、ちょうど時計というものをじっくり観察すればその時計を作った時計職人の意図を推し量ることも可能なことがあるように、「神がお書きになったもうひとつの書物である自然」を読むことも神の意図や目論見を知る上で大切だ、と考えられた[9]

神はそれぞれの書物を異なった言語でお書きになったと、考えられており、神は人間が話す言葉で聖書を書き、数的な言葉で自然を書いた、と考えられた[10]ガリレオ・ガリレイも次のように述べた。「神は数学の言葉で自然という書物を書いた」(『イル・サジアトーレ(イタリア語版、英語版)』[11]1623年) [12]

英語で法則のことを「law」と言うが、これはlay(置く、整える)の過去分詞と謂れている[13]。それは神によって置かれたもの、整えられたこと、という意味である。独語ではさらにわかりやすく、「Gesetz」と言い、「setzenされたもの(英語で言えば、setされたもの)」と表現する。つまり、神によってセットされたものが法則、と見なされているのである[14]

リベラルアーツの7科は、3科と4科に区分されているが、3科は具体的には文法・修辞学・弁証法であり、上記の「二つの書物」のうち「人間の言葉で書かれたほうの書物」(=聖書)をよりよく理解するためのものと位置づけられ、4科の算術・幾何・天文・音楽については、現代人が理解するには少しばかり解説が必要だが、当時は天文も音楽も数学的なものであったのであり、つまり、4科は「数の言葉で書かれたほうの書物」(=自然)をよりよく理解するためのもの、という位置づけであった[15]
近代ヨーロッパ ジャン=ジャック・ルソー

ヨーロッパ諸語では、自然は本性(ほんせい)と同じ単語を用い「その存在に固有の性質」をあらわす(例えば、英語・フランス語の「nature」がそれである)。[注 2] [注 3]

「自然に還れ」は、ジャン=ジャック・ルソーの思想の一部を端的に表した表現である。人間社会の人為的・作為的な因習から脱出し、より自然な状態へと還ることを称揚している。
東アジア 山水画に描かれた自然「五行」を参照


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:121 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:FIRTREE