臨済宗黄龍派
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この項目では、仏教の宗派について説明しています。その他の用法については「禅 (曖昧さ回避)」をご覧ください。

禅(ぜん)は、大乗仏教の一派である禅宗(ぜんしゅう)の略、もしくは、サンスクリット語の dhy?na (ディヤーナ)の音写、禅那(ぜんな)の略である[1][2]。また坐禅(座禅)の略としての意もある[3]。本項では宗派についての禅宗について述べる。
目次

1 概要

2 「禅」

2.1 言葉の由来

2.2 禅那

2.3 禅那と瞑想


3 不立文字

4 伝説時代から達磨大師までの禅の歴史

5 中国の禅の歴史

5.1 黎明期

5.2 北宗と南宗への分裂

5.3 六祖壇経と禅の隆盛

5.4 慧能以降の法嗣

5.5 五家七宗

5.5.1 臨済宗

5.5.1.1 黄龍派

5.5.1.2 楊岐派


5.5.2 ?仰宗

5.5.3 雲門宗

5.5.4 曹洞宗

5.5.5 法眼宗



6 日本の禅の歴史

6.1 臨済宗

6.2 曹洞宗

6.3 普化宗

6.4 黄檗宗


7 日本の禅の教義

8 禅宗の坐禅における禅定の種類

9 方便

10 霊魂(精神の永遠性、小我)の否定

11 日中の禅宗比較

12 世界の禅

12.1 近年において


13 注釈

14 出典

15 参考文献

16 関連項目

17 外部リンク

概要

南インド出身で中国にわたった達磨が祖で、坐禅を基本的な修行形態とする。ただし、坐禅そのものは古くから仏教の基本的実践の重要な徳目であり、坐禅を中心に行う仏教集団が「禅宗」と呼称され始めたのは、中国の唐代末期からである。こうして宗派として確立されると、その起源を求める声が高まり、さかのぼって初祖とされたのが達磨である。それ故、歴史上の達磨による、直接的な著作は存在が認められていない。伝承上の達磨のもたらしたとする禅は、部派仏教における禅とは異なり、了義[注 1]大乗の禅である。

中国禅は、からにかけて発展し、征服王朝であるにおいても勢力は健在だったが、の時代に入ると衰退していった。日本に純粋な禅宗が伝えられたのは、鎌倉時代の初めごろであり、室町時代幕府の庇護の下で日本仏教の一つとして発展した。明治維新以降は、鈴木大拙により日本の禅が、世界に伝えられた。

禅宗諸派において、自宗と自宗以外の、すべての教宗とを区別する意味で、禅宗と自称する。
「禅」
言葉の由来

禅は、サンスクリットの dhy?na(ディヤーナ/パーリ語では jh?na ジャーナ)の音写、あるいは音写である禅那(ぜんな)の略である[1][2]。他に駄衍那(だえんな)・持阿(じあな)の音写もある。他の訳に、思惟修(しゆいしゅう)・静慮(じょうりょ)・棄悪[注 2]・功徳叢林[注 3]・念修[注 4]

禅の字は元来、天や山川を祀る、転じて、天子が位を譲る(禅譲)という意味であった。これに「心の働きを集中させる」という語釈を与えて禅となし、「心を静かにして動揺させない」という語釈を与えて定とし、禅定とする語義が作られた。ただし禅那の意味では声調平声から去声に変わっており、現代北京語では加えて声母も変わってshan(シャン)に対しchan(チャン)になっている。
禅那詳細は「禅定」を参照

圭峰宗密の著書禅源諸詮集都序には、禅の根元は仏性にあるとし、仏性を悟るのが智慧であり、智慧を修するのが定であり、禅那はこれを併せていうとある。[4]また、達磨が伝えた宗旨のみが真実の禅那に相応するから禅宗と名付けた、ともある。

類似の概念として三昧(サンスクリット: sam?dhi)がある。禅あるいはという概念は、インドにその起源を持ち、それが指す瞑想体験は、仏教が成立した時から重要な意義が与えられていた。ゴータマ・シッダッタも禅定によって悟りを開いたとされ、部派仏教においては三学の戒・定・慧の一つとして、また、大乗仏教においては六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)の一つとして、仏道修行に欠かせないものと考えられてきた。
禅那と瞑想

禅那を現代語で俗に和訳すると瞑想となる。ちなみにヨーガ (yoga) も意訳すれば瞑想とされるが、本来は心を調御して統一に導くことをいう。瞑想は動作を言葉で説明する事ができるが、禅は不立文字を強調するため、瞑想と禅は区別される。

坐禅を組むこと。あるいは参禅すること。禅那は、仏性の存在を前提に坐禅することをいう。そのため坐禅と同じ姿勢でも仏性を前提としないものは禅那とは言えず、単なる瞑想であるとして区別する。
不立文字詳細は「不立文字」を参照

禅宗は不立文字(ふりゅうもんじ)を原則とする。不立文字とは、文字・言葉の上には真実の仏法がないということで、仏祖の言葉は解釈によって、いかようにも変わってしまうという意味であり、言語の持つ欠陥に対する注意である[注 5]

そのため禅宗では中心的経典を立てず、教外別伝[注 6]を原則とするため師資相承[注 7]を重視し、そのための臨機応変[注 8]な以心伝心の方便など、種々の特徴をもつ宗派である。
伝説時代から達磨大師までの禅の歴史

禅宗での血脈相承法嗣と呼ぶ。釈迦以降の法嗣は次のように伝えている。

釈迦?摩訶迦葉?阿難陀?商那和修?優婆毬多?提多迦?彌遮迦?婆須密多?仏陀難提?伏?密多?波栗湿縛?富那夜奢?阿那菩底?迦毘摩羅?那伽閼剌樹那?伽那提婆?羅?羅多?僧伽難提?伽耶舎多?鳩摩羅多?闍夜多?婆修盤頭?摩拏羅?鶴勒那?獅子菩提?婆舎斯多?不如密多?般若多羅?菩提達磨

マハーカーシャパ(摩訶迦葉)はバラモン階級出身の弟子で、釈迦法嗣とされる(法の継承者)。


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