移民
◇ピンチです!◇
◇暇つぶし何某◇

[Wikipedia|▼Menu]

移民(いみん)とは、異なる国家や異なる文化地域へ移り住む事象(英語: immigration, emigration)、また移住する・移住した人々(英語: immigrants, emigrants)を指す。


目次

1 概要

1.1 アメリカ合衆国


2 移民の歴史

2.1 国民と移民

2.2 植民

2.3 19世紀・移民の世紀


3 移民の現況

3.1 ヨーロッパにおける移民

3.2 移民統合と多文化主義の問題

3.2.1 フランス

3.2.2 ドイツ

3.2.3 スイス

3.2.4 イギリス



4 日本における移民の歴史

4.1 日本人移民

4.2 日本への移住者

4.3 労働力としての移民


5 移民政策

6 同化政策

6.1 フランス


7 社会問題

7.1 賃金への下方圧力

7.2 移民と賃金格差増大

7.3 移民と若年労働者の雇用

7.4 移民と財政負担

7.4.1 対処の政治問題


7.5 移民と住宅バブル

7.6 犯罪


8 移民船

9 脚注・参考文献

10 関連項目

11 外部リンク


概要

移住は長期にわたる居住を意味しており、観光旅行は通常含まない。ただし、通常1年以内の居住を指す季節労働者は移民として扱う場合が多い。国際的に合意された「移民」の定義はまだ無く、最も引用されている定義は国際連合の国連統計委員会への国連事務総長報告書(1997年)に記載されているもので、「通常の居住地以外の国に移動し、少なくとも12ヶ月間当該国に居住する人のこと(長期の移民)」を言う。この定義によると長期留学生や長期赴任、長期旅行者も「移民」である。また、国籍に関する要件が含まれていないため、日本で生まれた外国籍の人は通常の居住国は日本であるため移民ではない。国際移住機関は「国内移動を含め、自発的に他の居住地に移動すること」と定義しており、非自発的な移住として自分の意思に反して強制的に移動を余儀なくされる場合で戦争、人権侵害、自然災害などによって起こる難民、あるいは避難民、また人身取引の被害者、研修生や留学生で搾取を受けている人、自分の意思で来てもその後紛争に巻き込まれてしまったというケースなどを国際的な人道支援の対象としている。出ていった移民を移出民(emigrant)、入ってきた移民を移入民(immigrant)と呼ぶ。受け入れ国の法的手続きによらず移入した人々を不法移民と呼ぶ[1][2]

通常、統計上の移民は、外国からの(外国への)移住者と同義だが、社会的問題としての「移民」には、文字どおり「民」すなわち特定の出身国から来る「大勢の人々」という意味合いが含まれている。そのため、一般的に移民は、巨視的な移住現象(社会全体に影響しうる程度のもの)、又はそれを構成する個々の移住者を意味している(場合によってその子孫が含まれることもある)。一方、相対的に移住者数が少ない国籍等のとき、移民ではなく、単なる移住者とみられる。例えば、日本には欧州諸国(欧州文化地域)からの移住者が多少居住するが、日本の人口に比してその規模が非常に小さく、通常の社会・政治論ではこれを移民現象として捉えない。なお、より豊かな国へ裕福な生活を求めることが多くの移民の動機になっていることから、移民が経済的移民を指すことも少なくない。さらに、英訳の「イミグレーション」(Immigration)は、国の入国管理事務も意味しているため[3]、日本語の「移民」より、語義が広範(曖昧)な言葉になっている。こうした定義の曖昧さが移民問題の議論を難しくする要因の一つである。

国連の推定によれば2005年には1億9000万の人たちが移民したが、これは全世界の人口の3%に満たない。残りの97%は生まれた国もしくはその後継国に住んでいる。1990年には国連で全ての移住労働者及びその家族の権利の保護に関する国際条約が採択された。またSFなどで宇宙移民について描かれることもある。
アメリカ合衆国

米国政府が発給する外国人へのビザは、大きく移民ビザ(Immigrant Visa)と非移民ビザ(Non Immigrant Visa)に分けられる。 [在日アメリカ大使館 ビザサービス]

移民ビザはPermanent resident Visa(永住権)とも呼ばれ、滞在期限や活動(就業)に一切の規制がない。 対して非移民ビザは、滞在期限や滞在中の活動(就業可・不可やその職種・条件など)に制限があり、非移民ビザによる滞在の外国人は住居の有無・就労・滞在期間に関わらず全てVisitor(訪問者)として扱われる。

すなわち、米国政府の定義としては移民とは永住権所持者を指す事になる。 自民党特命委が提案している『入国時に在留期間の制限がない者』はこの定義に近い。(ただし米国永住権は期間だけではなく在留中の活動にも制限がない)

対して、一般市民の認識では永住権所持者と帰化米国籍者(他国で出生した後に米国へ移住し米国籍を取得した者)の両方を含めて『移民』と呼ぶ事が多い。
移民の歴史
国民と移民

数10万年前からおこなわれてきた人の移動に対して、移住とはある国家国民が別の国家に移り住むことを指す事が多い。市民権国籍を管理するようになったのは国民国家の形成以降であるから、移民とは一般に近代の概念である。19世紀に進展した国民国家の形成において国籍法の整備と国境の画定により国民を登録して管理するようになり、国民と移民が法律上、明確に分けられることになった。
植民

ヨーロッパ諸国のアジア・アフリカ植民地では、植民地経営のために政策的にヨーロッパからの植民がなされた。また、世界的な奴隷制度廃止にともない鉱山や農園(プランテーション)開発や鉄道建設のため、アジアからの労働移民が東南アジアアフリカ大陸にわたった。

東南アジアにおける植民地経営をささえていたのはマレー半島のゴムや錫、インドネシアの農業生産などであり、そこで必要とされた労働力は中国南部やインド南部から調達された。かれらの多くは契約労働者であったが、現地に定住する者も少なくなかった。これにともない商業活動に進出する者も増え、これらの中国系移民(華僑華人)とインド系移民(印僑)は、その後、東南アジア各地で大きな影響力をもつこととなった。

アフリカへの移民としてはインドからが多く、イギリス帝国のもとではイギリス植民地相互の植民もおこなわれた。
19世紀・移民の世紀

18世紀までのヨーロッパからの移民がおもに年季契約のかたちをとった労働移民であったのに対し、19世紀には自由移民が主流となった。19世紀のヨーロッパでは、人口の増大や交通機関の発達などにより大規模な人口移動がおこった。各国では人口の都市への集中がみられるいっぽう海外移民も増加した。第一次世界大戦までの100年間に新大陸に渡ったヨーロッパ人は6000万人におよび、19世紀はまさに「移民の世紀」であった。

最大の移民受け入れ国はアメリカであり、その数は1821年から1920年までの100年で約3300万人とされる。その前半には北・西ヨーロッパから、その後半は南・東ヨーロッパからの移民が多くみられ、これは各国の工業化の進展の時期のずれを示している。人口増加や貧困などの経済的な要因だけでなく、迫害を受けたユダヤ人のように政治的な要因からの移民もおこなわれた。また19世紀半ばに黒人奴隷が解放されると中国インドから労働者を雇い入れ、不足する労働力をおぎなった。

なお、アメリカ大陸・オーストラリア南アフリカのアジア系移民は白人労働者と競合したため、黄禍として排斥されたり移民を制限されることもあった。1870年代にはカリフォルニア州で中国人排斥の動きが高まり、1882年には中国人移民禁止法アメリカ合衆国議会で成立した。1924年にはアメリカ合衆国で移民を制限する排日移民法が制定され、日本でアメリカ政府は人種差別的であるとする反米感情が生まれた。

オーストラリアではアジア系移民を認めない白豪主義が採用され、南アフリカではこののち厳しい人種隔離政策・アパルトヘイトが長い間つづいた。

近年[いつ?]はEU統合と加盟国内の旅行が自由となった影響で、東ヨーロッパから西ヨーロッパへの移民が増えている。


◇ピンチです!◇
★暇つぶし何某★

次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:90 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:FIRTREE