秋元司
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日本政治家秋元 司あきもと つかさ

生年月日 (1971-10-23) 1971年10月23日(46歳)
出生地東京都江東区
出身校大東文化大学経済学部
前職国会議員秘書
所属政党自由民主党二階派
公式サイト ⇒あきもと司オフィシャルサイト
衆議院議員
選挙区(比例東京ブロック→)
東京15区
当選回数3回
在任期間2012年12月21日[1] - 現職
参議院議員
選挙区比例区
当選回数1回
在任期間2004年7月 - 2010年7月
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秋元 司(あきもと つかさ、1971年10月23日 - )は、日本政治家東京福祉大学客員教授自由民主党所属の衆議院議員(3期)、国土交通副大臣内閣府副大臣復興副大臣第3次安倍第3次改造内閣第4次安倍内閣)。

防衛大臣政務官第1次安倍改造内閣福田康夫内閣)、衆議院内閣委員長参議院議員(1期)、自民党内閣部会長等を歴任。
目次

1 来歴

2 主張

3 不祥事

4 人物

5 党役職

6 所属団体

7 所属団体・議員連盟

8 脚注

9 外部リンク

来歴

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東京都生まれ。1992年4月、大東文化大学経済学部に入学。 1996年3月、同大学経済学部を卒業[2]

2004年7月、第20回参議院議員通常選挙に自民党公認で比例区から出馬。全国小売酒販政治連盟などの支持を受け[要出典]、自民党公認候補の中では竹中平蔵に次ぐ得票数第2位で初当選する。自民党内では志帥会に所属[要出典]。

2005年小泉純一郎内閣において郵政民営化法案の参議院本会議採決で反対票を投じ、党より党役職停止1年(執行猶予2年)の処分を受けた[3]

2007年8月、第1次安倍内閣防衛大臣政務官に任命される。同年9月、福田康夫内閣防衛大臣政務官に再任。

2008年9月、自民党議院運営委員会理事および国会対策副委員長に就任。他に経済産業部会副部会長・国防部会副部会長・青年局長代理・宇宙開発特別委員会事務局次長・マルチメディア局次長などを歴任[要出典]。

2010年7月の第22回参議院議員通常選挙に自民党公認で比例区から出馬し87,948票獲得するが落選。

2012年2月、衆議院東京15区の自民党支部長に任命される。同年12月、衆議院から国政に再挑戦、74,159票を得るが、88,222票を得たみんなの党柿沢未途に敗れる。しかし比例東京ブロック復活当選し、国政に復帰した[4]

2013年2月、日本・台湾経済文化交流を促進する若手議員の会事務局長に就任。同年3月、サービス産業振興議員連盟事務局長に就任。同年5月、ダンス文化推進議員連盟事務局長に就任[要出典]。

2014年12月、第47回衆議院議員総選挙で東京15区から出馬、維新の党の柿沢との票差を前回より縮めたものの、2793票差(惜敗率96.8%)で敗れ、比例復活で再選[5]

2015年10月23日、自民党国土交通部会長に就任[6]

2016年9月、衆議院内閣委員長に就任[7]

2017年8月、第3次安倍第3次改造内閣国土交通副大臣観光立国の推進、航空行政道路港湾など担当[8])兼内閣府副大臣IR担当[9])兼復興副大臣地震津波災害からの復興に関する事項の担当[10])に任命される。

2017年10月、第48回衆議院議員総選挙で東京15区から出馬、民進党から離党し希望の党に移った柿沢に3万票もの差をつけ小選挙区から初当選[11]
主張

パチンコチェーンストア協会の政治分野アドバイザーを務める[12]

2011年3月、東日本大震災時に被災地支援活動を行い、活動の経験に基づいたレポートを作成。秋元がこのレポートを用いて行った自民党本部への緊急提言が復興支援法の基礎に反映された[13]

参議院での代表質問内閣総理大臣(当時)の鳩山由紀夫に対して政治資金問題の追及を行った[14]

憲法9条の改正と集団的自衛権の行使に賛成[15]


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