社会学
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社会科学」とは異なります。

 
社会学

一般的な側面

社会学史 - 実証主義
社会理論 - 批判理論
社会階層 - 社会意識
社会統計学 - 社会調査
構造機能主義 - 紛争理論
社会化 - 公共性

領域: 小児 - 文化
逸脱 - 教育 - 環境
民俗 - 家族 - ジェンダー
政治 - 産業 - 情報
知識 - - 経済
軍事 - 合理化 - 宗教
科学 - 医療 - 世俗化
関連分野および隣接分野

カルチュラル・スタディーズ
メディア研究 - システム理論
犯罪学 - 社会人類学
社会心理学 - 社会生物学
社会言語学 - 社会福祉学










社会学(しゃかいがく、: sociology)は、社会現象の実態や、現象の起こる原因に関するメカニズム(因果関係)を解明するための学問である。その研究対象は、行為行動相互作用といったミクロレベルのものから、家族コミュニティなどの集団、組織、さらには、社会構造やその変動(社会変動)などマクロレベルに及ぶものまでさまざまである。思想史的に言えば、「同時代(史)を把握する認識概念(コンセプト)」を作り出そうとする学問である。


目次

1 社会学の歴史と展開

1.1 社会学の成立と実証主義の展開

1.2 古典的理論の形成

1.3 シカゴ学派の誕生

1.4 機能主義社会学の台頭

1.5 後期近代化と社会学の多様化

1.6 政策科学への流れと新たな理論形成


2 社会学の方法

2.1 主な理論と方法論

2.2 社会調査


3 社会学の対象

3.1 主なテーマ

3.2 連字符社会学

3.3 隣接


4 関連書籍

5 脚注

6 参考文献

7 関連項目

8 外部リンク


社会学の歴史と展開詳細は「社会学史」を参照
社会学の成立と実証主義の展開オーギュスト・コント

社会学([仏] sociologie = [羅] socius + [希] logos)なる用語は、フランス革命後の混乱と動乱に満ちた初期近代フランスを生きたオーギュスト・コントによって作られた。コントは、当時の産業主義と合理主義を背景として、社会学とは「秩序と進歩」に寄与する「社会物理学」であって、歴史学心理学経済学を統合する実証主義的な科学的研究でなければならないとした[1]

このコントの思想は、その師であるサン・シモンに遡る。サン・シモンは、自然科学の方法を用いて社会的世界を全体的かつ統一的に説明する「社会生理学」の樹立を企てた。このなかで、サン・シモンは、フランス革命後の新社会の秩序を捉えるべく、その社会変動の流れを「産業主義」として提示した[2]。ここからコントはさらに、近代社会の構成原理として実証主義を提示し、産業ではなく科学をその中心に据えることになった。そしてその中心に社会学を位置づけたのである[3]

コントらの発想は、ジョン・スチュアート・ミルハーバート・スペンサーなどに受け継がれ、実証主義の体系化がはかられていった。たとえば、スペンサーは、イギリス功利主義の考えと、彼独自の進化論に基づいて、有機体システムとのアナロジーによって社会を超有機的「システム」と捉え、後の社会システム理論の先駆となる研究を行なった[4]
古典的理論の形成マックス・ヴェーバー

実証主義の潮流のなかで始まった社会学であるが、19世紀末から20世紀にかけて、カール・マルクスマックス・ウェーバーエミール・デュルケームゲオルク・ジンメルヴィルフレド・パレートらが、さまざまな立場から相次いで研究著作を発表した。その方法論、キー概念などは、形を変えながらその後の社会学に引き継がれており、この時期は、社会学の古典的理論の形成期にあたる。エミール・デュルケームゲオルク・ジンメル

デュルケムは、コントらの社会発展論(近代化論)を「社会分業論」として受け継ぎ、分業による連帯を「社会的事実の機能的なメカニズム」によるものとして説明する機能主義的な社会システム論を創始した。さらにデュルケムは、実証主義の伝統を継承し、自然科学の方法を社会科学へと拡大することを「社会学的方法の規準」の根底に据えた。しかし、実証主義は自然科学に対抗するような人文社会科学の方法論を打ち立てるものではなく、社会学の中心思想になることなく、ウェーバー、ジンメル、さらに後にはパーソンズらによって数々の批判を受けることになる。

ウェーバーは前世代の近代化論を「資本主義の精神」の理論として受け継ぎ、ジンメルは「社会分化」の理論として受け継いだ。両者は、ドイツ哲学の伝統に則り(自然科学一元論ではなく)新カント派的科学方法論に依拠し、方法論的個人主義を創始した。すなわち、ウェーバーの場合には理解社会学による行為理論を打ち立て、ジンメルの場合は、後のシンボリック相互作用論につながる形式社会学生の哲学の視点から関係論的定式化を行ない、マクロ客観主義の限界を乗り越える方向へ進んだのである。

こうした、実証主義の伝統を引き継いだデュルケムの方法論的集合主義(社会実在論=社会的事実)と、主にウェーバーによる方法論的個人主義(社会唯名論)との対立は、後に、「社会システムの社会学」(マクロ社会学)と「社会的行為の社会学」(ミクロ社会学)として引き継がれることになった。また、社会学の認識については、価値自由のルールにのっとったものであるべきか、それとも「精神科学」の伝統に準拠した人文学的性格のものであるべきかという、実証主義と反実証主義の対立が生まれたが、これも後に、たとえば、批判理論構造主義的マルクス主義のアプローチとして繰り返されることになった。


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