石川郡_(石川県)
[Wikipedia|▼Menu]


令制国一覧 > 北陸道 > 加賀国 > 石川郡

日本 > 中部地方 > 石川県 > 石川郡
石川県石川郡の範囲(水色:後に他郡から編入した区域)

石川郡(いしかわぐん)は、石川県加賀国)にあった

現在の金沢市の中心部が当郡に属しており、石川県や金沢城石川門の語源にもなった。郡としての人口密度は消滅時点で全国2位だった。


目次

1 郡域

2 歴史

2.1 近世以降の沿革

2.2 町村制以降の沿革

2.3 変遷表


3 脚注

4 参考文献

5 関連項目

6 外部リンク


郡域

1878年明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。

金沢市の一部(金沢区に属した区域を除く、概ね浅野川以南)

白山市の大部分(概ね手取川尾添川以西を除く)

野々市市の全域

歴史

823年弘仁14年)に加賀国設置とともに成立。加賀郡から分置し河南郡と呼称した。後に河南郡は廃止され、石川郡になる。郡域は、手取川以北浅野川以南。
近世以降の沿革

明治初年時点で、全域が加賀藩領であった。「 ⇒旧高旧領取調帳データベース」に記載されている村は以下の通り[1]。《 》は同データベースでは左記の村に含まれていると見られる。下記のほか金沢城下の一部が本郡に所属。(5町324村)[2]
明治初年の5町324村御供田村、中村、増泉村、太郎田村、黒田村、田中村、《徳用村》、矢木荒屋村、《長池村》、御経塚村、《野代村》、八日市村、《八日市出村》、押野村、八日市新保村、二日市村、矢木村、東力村、《糸田村》、横江村、米泉村、《保古村》、高畠村、森戸村、西泉村、泉村、泉野村、《地黄煎村、長坂新村、十一屋村、泉野出村》、三日市村、大豆田村、入江村、押越村、吉岡村、《江津村》、福岡村、口直海村、中直海村、久保村、内尾村、《下折村》、金間村、《吹上村》、板尾村、奥池村、後谷村、堂村、石切小原村、鶴来村、向島村、《矢頃島村》、館村(現・白山市)、針道村、《来同村》、安養寺村、《行町村》、柴木村、《七原村》、日向村、長島村、内方新保村、安吉村、菅波村、《藤木村》、上安田村、《運上島村》、上島田村、寄新保村、吉田漆島村、大竹村、《明法島村》、森島村、明島村、日御子村、道法寺村、井口村、荒屋村、知気寺村、松任町[3]、野々市村、《野々市新村》、三口村、近岡村、戸水村、直江村、割出村、大河端村、西蚊爪村、北間村、下安江村、《上安江村》、畝田村、西念新保村、北広岡村、《南広岡村》、大友御供田村、《大友村》、南新保村、三社町、諸江村、須崎村、粟崎村、《五郎島村》、三ツ屋村、宮腰町、平木村、八田村、《八田新屋村》、八田中村、相木村、番匠垣内村、北安田村、成村、徳丸村、村井村、《村井新村、五影堂村》、徳光村、宮永村、宮永新村、倉光村、五歩市村、《橋爪新村》、福増村、打木村、相川村、《相川新村》、倉部村、竹松村、宮永市村、白山村、三宮村、中島村、吉野村、佐良村、瀬波村、市原村、木滑村、《木滑新村》、中宮村、八幡村、大平沢村、《小平沢村》、寺津村、熊走村、《城力村》、羽場村、《田子島村》、白見村、下谷村、瀬領村、法島村、菅池村、《娚杉村》、笠舞村、七曲村、《茅原村》、牛首村、《館村(現・金沢市)》、畠尾村、《上原村》、上荒屋村、鴛原村、《下鴛原村》、河内村、《曲村》、駒帰村、下辰巳村、上辰巳村、中戸村、《天地村》、久安村、西市瀬村、国見村、樫見村、牛坂村、水淵村、《相合谷村》、有松村、《寺地村》、横川村、湯涌村、末村、田井村、涌波新村、《三口新村》、上野新村、《山崎地方》、木津村、《今西村》、長竹村、《町村》、馬替村、額新保村、専福寺村、《乾垣内村》、清金村、《福正寺村》、平松村、剣崎村、堀内村、《田尻村》、末松村、太平寺村、《位川村》、坊丸村、粟田新保村、《下新庄村》、矢作村、《三納村》、三浦村、《幸明村》、下林村、蓮花寺村、《柳町村》、藤平田村、《藤平田新村》、橋爪村、乙丸村、《上二口村》、上林村、中林村、中屋村、上安原村、北笹塚村、《南笹塚村》、専光寺村、《専光寺新村、中野村》、野村、《市川村》、二口村、《二口六丁村》、長田村、示野村、《袋畠村、示野中村》、玉鉾村、《間明村》、赤土村、《鷺森村、二ツ寺村》、松村、観音堂村、寺中村、普正寺村、古保村、藤江村、《二ツ屋村》、下福増村、《中新保村》、下安原村、若宮村、《若宮出村、薬師堂村》、淵上村、《桜田村》、無量寺村、北村、大野町、大桑村、山川村、三小牛村、平栗村、《清瀬村》、別所村、《蓮花村》、円光寺村、住吉村、曽谷村、坂尻村、山科村、《伏見新村》、熱野村、四十万村、額谷村、高尾村、坪野村、大額村、窪村、野田村、小原村、《富樫新保村》、三十苅村、《額乙丸村》、部入道村、《上新庄村》、小柳村、宮保村、松本村、福留村、《源兵衛島新村》、本吉新村、番田村、《福永村》、宮丸村、下柏野村、小上村、上柏野村、笠間村、鹿島村、北島村、手取村、《手取新村》、黒瀬村、四屋村、米永村、流安田村、荒屋柏野村、東米光村、平加村、水島村、小川村[4]、長屋村、西米光村、末正村、石立村、源兵衛島村、蓮池村、倉ヶ岳村、月橋村、土清水村[5]、本吉町[6]、日尾村[6]、見定村[6]、二又村[6]、倉谷村[6]

慶応2年(1866年) - 宮腰町が金石本町[7]に、大野町が金石庄町[8]にそれぞれ改称。

明治2年

6月17日1869年7月25日) - 版籍奉還により加賀藩(通称)の正式名称が金沢藩となる。

本吉町が能美郡湊村と合併して美川町となる。旧・本吉町を北郷、旧・湊村を南郷と称する。


明治4年

7月14日1871年8月29日) - 廃藩置県により金沢県の管轄となる。

美川町の一部(南郷)が分立して能美郡湊村となる。


明治5年2月2日1872年3月10日) - 金沢県が改称して石川県となる。

明治9年(1876年) - 赤土村・鷺森村が合併して神合村となる。(5町323村)

明治11年(1878年12月17日 - 郡区町村編制法の石川県での施行により、行政区画としての石川郡が発足。郡役所を松任東一番町に設置。三社町を含む金沢城下各町は金沢区となり、郡より離脱。(4町323村)

明治14年(1881年) - 鶴来村が改称して鶴来町、館村(現・白山市)が改称して田地村となる。(5町322村)

町村制以降の沿革

明治22年(
1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(5町39村)
町村制施行時の5町39村 

松任町(単独町制[3]。現・白山市)

上金石町(金石本町[7]が単独町制。現・金沢市)

下金石町(金石庄町[8]が単独町制。現・金沢市)

美川町(単独町制。現・白山市)

鶴来町(単独町制。現・白山市)

比楽島村 ← 水島村、源兵衛島村、上安田村、福永村、運上島村、番田村(現・白山市)

福留村 ← 福留村、源兵衛島新村、流安田村、四屋村(現・白山市)

柏野村 ← 下柏野村、荒屋柏野村、小上村、上柏野村(現・白山市)

蝶屋村 ← 西米光村、蓮池村、平加村、手取新村、本吉新村、手取村、長屋村、末正村、鹿島村(現・白山市)

笠間村 ← 笠間村、松本村、石立村、北島村、東米光村(現・白山市)

笠島村 ← 宮保村、黒瀬村、小川村(現・白山市)

一木村 ← 村井村、宮丸村、米永村(現・白山市)

出城村 ← 成村、北安田村、平木村、竹松村(現・白山市)

御手洗村 ← 相川村、相川新村、村井新村、徳光村(現・白山市)

旭村 ← 八田新屋村、八田村、八田中村、中新保村、倉部村、宮永村、宮永市村、宮永新村、福増村、相木村(現・白山市)

安原村 ← 中屋村、打木村、下福増村、上安原村、下安原村、専光寺新村(現・金沢市)

郷村 ← 堀内村、田尻村、蓮花寺村、柳町村、徳用村、三日市村、二日市村、長池村(現・野々市市)、田中村(現・白山市、野々市市)、専福寺村、番匠垣内村、横江村(現・白山市)


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:36 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:FIRTREE