皇太子
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「東宮」はこの項目へ転送されています。東宮の原義である皇太子の居所については「東宮御所」をご覧ください。

この項目では、皇太子に関する総論について説明しています。現在の日本の皇太子については「皇太子徳仁親王」をご覧ください。

皇太子(こうたいし、: Crown Prince)は、皇位継承(帝位継承)の第一順位にある皇子を指す称号[1]。一般的には皇室ならびに海外の王室における君主位の法定推定相続人敬称として使われる。


目次

1 概要

2 法的推定相続人

3 日本の皇太子

3.1 2018年5月現在の皇太子

3.2 日本の皇太子の公務・活動

3.3 日本の皇太子の歴史

3.4 立太子の礼

3.5 皇太弟・皇太甥

3.6 日本の歴代皇太子


4 東アジア諸国の皇太子・王太子

5 ヨーロッパ大陸諸国の王太子・皇太子

5.1 近年の王太女たち


6 サウジアラビアの皇太子

7 現在の世界の皇太子・王太子一覧

8 注釈

9 脚注

10 参照文献

10.1 文献資料

10.2 報道資料


11 関連項目

12 外部リンク


概要

字義としては、皇太子とは、次期皇位継承者の第一順位にあたる、皇帝の男子のことである。

王位継承の第一順位の王子については、王太子(おうたいし)または王世子(おうせいし)のように言うこともある。「○太子」の言葉自体がいずれ「○」の地位を継ぐ「(男の)子」を意味するため[2]、君主の地位がである場合には王太子の名称を用いるのが正確といえる。また、君主の地位が大公である場合、太子ではなく世子を用いる。[要出典]

しかし現在の日本のマスコミによる報道などでは、対象が次期国王や次期大公であっても「王太子」・「大公世子」の語は用いられず、「皇太子」を用いるのが通常である。[要出典]

ただし歴史上の人物については、慣例に従って「王太子」の語も用いられる。また次期皇(王)位継承者が弟、孫であるなら、「皇(王)太弟」「皇(王)太孫」の名称を用いるべきともいえるが、実際にはひっくるめて「皇太子」の名称が用いられている。なお、西欧の言語においては、「皇帝か国王か」「子か孫か弟か」に応じた称号の使い分けは見られず、例えば: Crown Princeの語が用いられる。[要出典]

一方で西欧の言語では、性別によって称号が異なることが多く、女性の次期君主位継承者の称号は、例えば: Crown Princessの語が用いられる。漢字文化圏では皇太女/王太女と表記されることがある[2]。実例としても、安楽公主について「皇太女」に立てようという動きがあった、と『資治通鑑』等に記されている。

日本においては、性別における称号の使い分けが行われず、日本で唯一の女性皇位継承者となった即位前の孝謙天皇について、『続日本紀』は「皇太子」と記している[3]。2005年の皇室典範に関する有識者会議報告書においても、「天皇、皇太子、皇太孫という名称は、特に男子を意味するものではなく、歴史的にも、女子が、天皇や皇太子となった事実が認められるため、女子の場合も同一の名称を用いることが適当である」とされた[4]
法的推定相続人詳細は「法定推定相続人」および「推定相続人」を参照

法定推定相続人(ほうていすいていそうぞくにん)は、君主位や爵位の継承において将来自分より上位の継承権を持つ人物が生まれる可能性がない継承権第一位の人物をいう。典型的な例として、長男相続制および男子優先長子相続制における長男や、長子相続制における第一子がある。

継承権第一位が確定しているという点では皇太子(王太子)と共通するが法定推定相続人という単語は称号ではなく系図学的な用語であるため、本人への呼びかけなどとしては用いられない。

推定相続人(すいていそうぞくにん)は、君主位や爵位の継承において、現在は継承権第1位であるが将来自分より上位の継承権を持つ人物が生まれる可能性がある人物をいう。典型的な例として、長子相続制における子のいない君主の弟・妹や、男子優先長子相続制における息子がいない君主の長女がある。
日本の皇太子
皇室典範第8条 
皇嗣たる皇子を皇太子という。皇太子のないときは、皇嗣たる皇孫を皇太孫という。
2018年5月現在の皇太子

読み生年御称号立太子在位期間続柄
徳仁親王なるひと(1960-02-23) 1960年2月23日(58歳)ひろのみや
浩宮1991年2月23日7001270000000000000?27年102日第125代今上天皇
第一皇男子
皇太子旗

1889年(明治22年)、皇室の家内法として皇室典範が定められ、皇位継承順序が明文化された。この旧皇室典範15条では、儲嗣タル皇子を皇太子としていた。1947年(昭和22年)に法律として定められた現行の皇室典範8条前段では、皇嗣たる皇子が皇太子とされている。「儲嗣(ちょし)」もしくは「皇嗣(こうし)」は、いずれも皇位継承順第一位の者を指し、「皇子」とはこの場合、当代天皇の子で男子を指す。

また、皇位継承順序の変更は、「皇嗣精神若ハ身体ノ不治ノ重患アリ又ハ重大ノ事故アルトキ」(旧典範9条)、「皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるとき」(現典範3条)のみに皇室会議の議(旧典範下では皇族会議の議および枢密顧問への諮詢)により許されている。

成年の皇太子は、摂政就任順の第1位でもあり、1921年(大正10年)11月以降、1926年(大正15年)の大正天皇崩御まで当時の皇太子裕仁親王が摂政に就いた例がある。(詳細は、摂政の項を参照)

「皇太孫」は皇太子不在の際の「儲嗣タル皇孫」(旧典範15条)、「皇嗣たる皇孫」(現典範8条後段)を言う。「儲嗣」もしくは「皇嗣」は、いずれも皇位継承順第1位を指し、「皇孫」とはこの場合、在位中の天皇の孫を指す。

皇太子、皇太子妃、皇太孫、皇太孫妃及び内廷にあるその他の皇族の日常の費用その他内廷諸費には内廷費が充てられる(皇室経済法第4条)。法律により定額が定められ、平成28年度は3億2,400万円である[5]

皇太子に関する事務には宮内庁の内部部局の東宮職が置かれる(宮内庁法第六条)。東宮職は一般事務だけでなく皇太子、皇太子妃、さらにはその独立の生計を営んでいない未婚の子女の家政をおこなっている。職員は約50名ほど。料理人や運転手などの管理部の職員もあわせると60数名。[6]

皇太子・皇太子妃は、天皇・皇后と同じく原則的には団体の名誉総裁には着任しない。

なお、皇太子と皇太孫は皇族の身分を離れることができない。
日本の皇太子の公務・活動

儀式・行事[7]

歳旦祭の儀

新年祝賀の儀

新年一般参賀

元始祭の儀

昭和天皇祭皇霊殿の儀

昭和天皇祭御神楽の儀

講書始の儀

歌会始の儀

孝明天皇例祭の儀

祈年祭の儀

春季皇霊祭の儀

神殿祭の儀

神武天皇祭皇霊殿の儀

皇霊殿御神楽の儀

秋季皇霊祭の儀・秋季神殿祭の儀


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