玉木雄一郎
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日本政治家玉木 雄一郎たまき ゆういちろう
2016年9月3日(47歳)
生年月日 (1969-05-01) 1969年5月1日(49歳)
出生地 日本 香川県大川郡寒川町(現:さぬき市寒川町)
出身校東京大学法学部
ハーバード大学ケネディスクール
前職国家公務員大蔵省財務省
現職国民民主党代表
所属政党(民主党→)
民進党→)
希望の党→)
国民党→)[1]
国民民主党
称号法学士
公式サイト ⇒たまき雄一郎オフィシャルサイト
衆議院議員
選挙区香川2区
当選回数4回
在任期間2009年8月31日 - 現職
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玉木 雄一郎(たまき ゆういちろう、1969年5月1日 - )は、日本政治家大蔵財務官僚国民民主党所属の衆議院議員(4期)、国民民主党代表(第2代)。民主党香川県連代表・副幹事長・政策調査会副会長民進党幹事長代理、希望の党共同代表(初代)、希望の党代表(第2代)、国民党代表[2]国民民主党共同代表(初代)を歴任。
目次

1 来歴

2 政策・主張

2.1 日本獣医師会との関係

2.2 慶弔費問題

2.3 資産ゼロ


3 人物

4 脚注

5 外部リンク

来歴

香川県大川郡寒川町(現:さぬき市)神前生まれ[3]。父は獣医師で公益社団法人香川県獣医師会の副会長等を歴任[4][5]。寒川町立神前小学校(現:さぬき市立神前小学校)、寒川町立天王中学校(現:さぬき市立天王中学校)、香川県立高松高等学校東京大学法学部卒業[6]

1993年大蔵省に入省した。1997年アメリカ合衆国ハーバード大学ケネディスクールに官費留学。外務省への出向(中近東第一課)を経て、2001年より大阪国税局総務課長。2002年より内閣府へ出向[7]第1次小泉内閣にて石原伸晃の下で内閣府特命担当大臣秘書専門官に就任[8]。以降3代の行革担当大臣の秘書専門官を務める[9]

2005年財務省主計局主査を最後に財務省を退官[7]。同年9月の第44回衆議院議員総選挙民主党公認で香川2区から立候補したが、自由民主党前職の木村義雄に敗れ、落選した[10]

2009年8月の第45回衆議院議員総選挙に民主党公認で再び香川2区から立候補。前回敗れた木村を下し、初当選した[11]

2010年、民主党香川県連代表に就任。同年10月、民主党政策調査会長に就任した前原誠司の下で政調会長補佐に起用される[12][13]

2012年12月の第46回衆議院議員総選挙では、民主党に猛烈な逆風が吹き荒れる中[14]、香川2区で自民党新人の瀬戸隆一を僅差で破り、再選(瀬戸も比例復活[15]。なおこの総選挙において、中国四国九州地方で民主党が小選挙区の議席を獲得したのは香川2区のみである[16]。選挙後、民主党副幹事長及び政策調査会副会長に就任[17]

2014年12月の第47回衆議院議員総選挙では、香川2区で再び瀬戸を下し、3選(瀬戸も比例復活)[18]

2016年9月の民進党代表選挙に立候補して116ポイントを獲得したが、1回目の投票で過半数を獲得した蓮舫に敗れた[19]。選挙後の党役員人事では幹事長代理に就任した[20]

2017年10月の第48回衆議院議員総選挙では希望の党の公認を受け出馬して香川2区で4選。同年11月10日の希望の党共同代表選挙に立候補して39票を獲得し、14票の大串博志を抑えて共同代表に選出された[21]。同年11月14日、新執行部人事の承認を諮る両院議員総会で辞任を表明した小池百合子代表から後継として希望の党代表に就任した[22]

2018年5月7日、民進党、希望の党のそれぞれの一部議員が合流し結党された国民民主党において、大塚耕平とともに代表に就任した[23]。当初は立憲民主党に代わる野党第一党の結成を目的とした合流であったが、不参加者が続出したことにより結果的に野党第二党に留まった。

2018年9月4日、津村啓介と共に国民民主党代表選挙へ立候補。


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