湯島聖堂
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大成殿(孔子廟)(2010年2月3日撮影)

湯島聖堂(ゆしませいどう)は、東京都文京区湯島一丁目にある史跡。江戸時代の元禄3年(1690年)、江戸幕府5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟であり、後に幕府直轄の学問所となった。JR中央線御茶ノ水駅聖橋口からでて、聖橋を渡り右手の森の中にあり、「日本の学校教育発祥の地」の掲示がある。

湯島天満宮(湯島天神)とともに、年間(特に受験シーズン)を通して合格祈願のために、参拝に来る受験生が訪れる。特に、合格祈願の鉛筆を買っていく受験生の姿が多く見受けられる。国の史跡に指定されている。


目次

1 歴史

2 史跡指定と文化財保護

3 おもな行事

4 その他

5 アクセス

6 ギャラリー

7 関連項目

8 外部リンク


歴史

1690年(元禄3年)、林羅山上野忍が岡(現在の上野恩賜公園)の私邸内に建てた忍岡聖堂「先聖殿」に代わる孔子廟を造営し、将軍綱吉がこれを「大成殿」と改称して自ら額の字を執筆した。またそれに付属する建物を含めて「聖堂」と呼ぶように改めた。翌1691年(元禄4年)2月7日に神位の奉遷が行われて完成した。林家の学問所も当地に移転している。

大成院の建物は、当初朱塗りにして青緑に彩色されていたと言われているが、その後度々の火災によって焼失した上、幕府の実学重視への転換の影響を受けて再建も思うように出来ないままに荒廃していった。その後寛政異学の禁により聖堂の役目も見直され、1797年寛政9年)林家の私塾が、林家の手を離れて幕府直轄の昌平坂学問所となる。これは「昌平黌(しょうへいこう)」とも呼ばれる。「昌平」とは、孔子が生まれた村の名前で、そこからとって「孔子の諸説、儒学を教える学校」の名前とし、それがこの地の地名にもなった。これ以降、聖堂とは、湯島聖堂の中でも大成殿のみを指すようになる。また、2年後の1799年(寛政11年)には長年荒廃していた湯島聖堂の大改築が完成し、敷地面積は1万2千坪から1万6千坪余りとなり、大成殿の建物も水戸の孔子廟にならい創建時の2.5倍規模の黒塗りの建物に改められた。この大成殿は明治以降も残っていた。湯島聖堂にある世界で一番高い孔子像

ここには多くの人材が集まったが、維新政府に引き継がれた後、1871年明治4年)に閉鎖された。教育・研究機関としての昌平坂学問所は、幕府天文方の流れを汲む開成所、種痘所の流れを汲む医学所と併せて、後の東京大学へ連なる系譜上に載せることができるほか、この地に設立された東京師範学校(現在の筑波大学)や東京女子師範学校(現在のお茶の水女子大学) の源流ともなった。また、敷地としての学問所の跡地は、そのほとんどが現在東京医科歯科大学湯島キャンパスとなっている。

1872年(明治5年)3月10日から、大成殿で日本最初の博覧会「湯島聖堂博覧会」(文部省博物局主催)が開催された。これが後の東京国立博物館の始まりである。

明治以降、湯島聖堂の構内に文部省、博物館(現在の東京国立博物館及び国立科学博物館の前身)、東京師範学校(東京教育大学を経た現在の筑波大学)及びその附属学校(現在の筑波大学附属小学校及び筑波大学附属中学校・高等学校)、東京女子師範学校(現・お茶の水女子大学)及びその附属学校(現在のお茶の水女子大学附属中学校お茶の水女子大学附属高等学校)が一時同居していたことがある。

後にそれぞれ、文部省は霞が関に、国立博物館は上野に、東京師範学校は文京区大塚を経て現在茨城県つくば市に、東京師範学校の各附属学校は文京区大塚に、東京女子師範学校及びその附属学校は文京区大塚に(当初は湯島一丁目の聖堂内にあったため、お茶の水女子大学という)移転した。関東大震災で被災した湯島聖堂

1922年には敷地が国の史跡に指定されたが、翌1923年大正12年)の関東大震災で入徳門と水屋以外の建物が焼失し、現在の大成殿は伊東忠太設計、大林組施工により、1935年昭和10年)に鉄筋コンクリート造で再建されたものである。これは、寛政年間の旧制をもとに再建したものである。

現在、湯島聖堂構内に飾られている世界最大の孔子像は、1975年(昭和50年)に中華民国台北ライオンズクラブから寄贈されたものである。孔子像の他、孔子の高弟たち、四賢像(顔子-顔回曾子、思子-子思孟子)が安置されている。
史跡指定と文化財保護


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