波号第七潜水艦
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艦歴
計画大正4年度計画[1]
起工1916年1月8日[1]
進水1916年3月15日[1]
竣工1916年10月31日[1]
除籍1929年4月1日[1]
性能諸元
排水量常備:290トン
水中:323トン
全長43.73m
全幅4.14m
吃水3.43m
機関ヴィッカース・ガソリン機関1基1軸
水上:600馬力
水中:350馬力
速力水上:12kt
水中:7kt
航続距離水上:12ktで660海里
水中:4ktで60海里
燃料ガソリン
乗員30名
兵装機銃1挺
45cm魚雷発射管 艦首2門、水上2門
魚雷4本
備考安全潜航深度:30.5m

波号第七潜水艦(はごうだいななせんすいかん)は、日本海軍潜水艦波七型潜水艦(C3型)の1番艦。
目次

1 艦歴

2 歴代艦長

3 脚注

4 参考文献

艦歴

1916年大正5年)1月8日、呉海軍工廠で起工[1]。同年3月15日進水。潜航公試で海岸に衝突し発射管扉を損傷した[2]。同年10月31日竣工。第十六潜水艇と命名され、種別、潜水艇、二等潜水艇に類別[1]1919年(大正8年)4月1日、第十六潜水艦に改称し、三等潜水艦に種別、類別を変更[1]1923年(大正12年)6月15日、波号第七潜水艦に改称。1929年昭和4年)4月1日に除籍。
歴代艦長

※艦長等は『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。
艇長


本内達蔵 少佐:不詳 - 1916年12月1日
[3] ※兼艤装員

艦長


舛岡誠太郎 大尉:1920年12月1日[4] - 1921年3月15日[5]

岩高賢治 大尉:1921年3月15日[5] - 1921年11月20日[6]

宇垣完爾 大尉:1921年12月1日 - 1922年1月20日

古宇田武郎 大尉:1922年1月20日 - 12月1日

原田覚 大尉:1922年12月1日 - 1923年4月1日

脚注^ a b c d e f g h 『日本海軍史』第7巻、381頁。
^ 『ハンディ版 日本海軍艦艇写真集20巻』131頁。
^ 『海軍辞令公報 第176号 大正5年12月1日』 アジア歴史資料センター Ref.C12070251800 
^ 『官報』第2501号、大正9年12月2日。
^ a b 『官報』第2584号、大正10年3月16日。
^ 『官報』第2793号、大正10年11月22日。

参考文献

雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第12巻 潜水艦』光人社、1990年。
ISBN 4-7698-0462-8

『写真日本海軍全艦艇史 Fukui Shizuo Collection』資料編、KKベストセラーズ、1994年。

海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。

勝目純也『日本海軍の潜水艦 - その系譜と戦歴全記録』大日本絵画、2010年。

雑誌「丸」編集部『ハンディ版 日本海軍艦艇写真集20巻』潜水艦伊号・呂号・波号・特殊潜航艇他、光人社、1998年。











大日本帝国海軍の波号潜水艦
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