水晶ドクロ
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水晶髑髏

水晶髑髏(すいしょうどくろ)とは、水晶で作られた人間の頭蓋骨模型のことである。
目次

1 概要

2 ヘッジスの水晶髑髏

3 特殊なレンズ効果

4 水晶髑髏に纏わる伝承

5 その他の水晶髑髏

6 水晶髑髏を題材にしたフィクション

7 脚注

8 参考文献

9 関連項目

10 外部リンク

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概要

現在、十数個が確認されているが、そのほとんどがマヤ文明アステカ文明インカ帝国といった中南米の考古遺物とされている。だが、あまりにも精巧に造られているためにオーパーツとして取り上げられ、本当に出土品であるかどうかについて懐疑的な説がある。
ヘッジスの水晶髑髏

一般にはイギリス人のF・A・ミッチェル=ヘッジスが1927年にベリーズ南部の古典期遺跡ルバアントゥンで発見したとされるものを指すことが多い。ミッチェルの養女アナの17歳の誕生日に発見され、彼らが遺跡の調査を中断して水晶髑髏を私蔵したため、様々な憶測を呼んだ。このヘッジスの水晶髑髏(ヘッジス・スカル、運命の髑髏などとも呼ばれる)は、実物大で、解剖学的にみても精緻に造られている。

カリフォルニア州にあるヒューレット・パッカードの研究所における1970年代の分析結果によると、

ヘッジスの水晶ドクロは、1個の水晶から造られていて「下顎骨」部分は、取り外し可能である。

道具による加工痕がない。また、ひびも入っていない。

水晶の石目を無視して彫られている。

復顔をした場合、マヤ人と同じモンゴロイドの顔立ちになる。しかし年齢は特定できない。

制作年代は不明。

とのことであった。このため、オーパーツではないか、と言う憶測を呼んだ。

2008年4月、スミソニアン研究所で精密な調査が行われ、電子顕微鏡による精密な検査によって水晶髑髏の表面にはダイヤモンド研磨剤による切断跡が確認され、この髑髏が制作されたのは19世紀末以降であることが判明し、ベリーズの遺跡で発掘されたものではないことが発覚した。事実、歯の部分やあごの取り付け部に金属ドリルによる加工痕があることが、以前の調査でも確認されている。

この髑髏はもともとセントラルロンドンの美術商シドニー・バーニーが所蔵していた物で、彼は1943年にサザビーズの競売に出品し、当時のサザビーズのカタログにも登録されている。しかし、バーニーは競売にかけられる直前に髑髏の出品を取り下げてヘッジスに400ポンドで売却した。しかも、髑髏を「発見」したとされる日、既にヘッジスはベリーズからイギリスに帰国しており、発見者のアナもベリーズに入国したことが無いことも判明している。また、発掘作業の写真には水晶髑髏の写真はまったく無く、発掘に参加した他の学者も、水晶髑髏の存在を知らなかった。

これらの髑髏の素材となる水晶は硬度の高い物質であり、また割れやすく加工は難しい。現代の道具を用いずとも、時間をかけて磨いていけば人間の手でも髑髏への加工は可能と言われているが、人力による手作業では300年以上はかかるとする見解もあるが、一方では、手作業で半年ほどで制作してしまうグループがいる。
特殊なレンズ効果

ヘッジスの水晶髑髏には特殊な効果がある、と所有者(および支持者たち)は主張している。

下から光を射すと、
眼窩に光が集中する。
その光を凝視していると1分弱で大半の人が催眠状態に陥るという主張もある。

太陽の光を当てると全体が美しい虹色に光る。

ロウソクの炎を当てると神秘的な紫色に光る。

この他にも主張者たちは、もし現在の技術や手段を用いて水晶髑髏を造ったとしても、この特殊なレンズ効果は今もって仕組み・構造がわかっておらず、今の最先端技術をもってしても再現は不可能であると主張している。

ただし、これらは実際に学術的な研究や検証などが行われた訳ではなく、また水晶の髑髏による効果とされるもののうちの幾つかは生理現象物性による説明も可能であり、水晶の髑髏に神秘性を求める者たちの主張の域を出ているわけではない。
水晶髑髏に纏わる伝承

誰が言い出したのかは分からないが、「水晶ドクロは全部で13個あり、全てが再び一ヶ所に集結した時、宇宙の謎が暴かれる」「2012年までに一箇所に集めないと世界は滅びる」などの迷信や俗説がある。2008年現在は10個ほど「発見」されており、ピンク色の可愛らしいものや、かなりいびつな形をしたものまで様々である。偽物と判明してはいるが、ミッチェル・ヘッジスの髑髏が最も精巧な出来栄えである。ただし、後述の通り、偽物と断定されていない物も存在する。
その他の水晶髑髏

ヘッジスの水晶髑髏以外のものをいくつか記載する。ただし、オーパーツと判断しがたいものや、上記のように偽物と断定されたものも含む。
ブリティッシュ・スカル
アステカの遺跡から発見されたという大英博物館にある「頭蓋骨」。円盤型の回転工具による加工痕があり、ヨーロッパで19世紀後半に製作したものであることが判明した。また含有物の調査により水晶はマダガスカル産であることも判明した。この髑髏はパリで骨董品店を経営していたフランス人の古物商ユージン・ボバンが所有していた物で、1881年に店に3500フランで展示されたが買い手がつかず、ニューヨークの宝石商ティファニーに950ドルで販売された。ティファニーは1898年に大英博物館に売却した。
パリス・スカル
フランス・パリ人類学博物館所蔵。高さ11cm、重さ2.7kg。頭の天辺から底辺まで、垂直な穴が空いている。因みに、フランスのケ・ブランリ美術館が所蔵する水晶髑髏は、ブラジル産の原石を使って19世紀後半にドイツで作られた物である事が2008年4月に判明した[1]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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