横綱
是非お友達にも!
★暇つぶし何某★

[Wikipedia|▼Menu]

ラーメンチェーン店については「横綱 (飲食店)」をご覧ください。

「よこあみ」と読む「横網」とは異なります。
第35代横綱・双葉山定次
(在位1938 - 1945年)

横綱(よこづな)は、大相撲力士の格付け(番付)における最高位の称号である。語源的には、横綱だけが腰に締めることを許されている白麻製のの名称に由来する。現行制度では横綱に降格はなく、現役引退によってのみその地位から降りる。従って、横綱になる力士はその地位にふさわしい品格と抜群の力量を要求される。

大相撲においては、横綱は、全ての力士を代表する存在であると同時に、依り代であることの証とされている。それ故、横綱土俵入りは、病気・故障等の場合を除き、現役横綱の義務である。

横綱は、天下無双であるという意味を込めて「日下開山」(ひのしたかいさん)と呼ばれることもある。

本場所では幕内力士として15日間毎日取組が組まれる。


目次

1 歴史

1.1 横綱の誕生以前

1.2 横綱の誕生

1.3 横綱免許

1.4 非公認横綱


2 横綱土俵入り

3 横綱力士が締める綱

4 特権と責務

5 昇進

5.1 横綱審議委員会への諮問

5.2 伝達式

5.3 横綱昇進前3場所成績


6 横綱をめぐる議論

6.1 横綱制度

6.2 昇進基準

6.3 具体的なケース


7 記録

7.1 横綱在位記録

7.2 短命横綱

7.3 優勝回数記録

7.4 大関通過場所数

7.4.1 スピード通過記録

7.4.2 スロー通過記録


7.5 新横綱の優勝

7.6 同時最多在籍横綱

7.6.1 4横綱

7.6.2 5横綱


7.7 一人横綱

7.8 横綱空位・横綱不在

7.9 その他の記録


8 大横綱

8.1 大横綱間の対戦成績

8.2 大横綱と呼ばれる各力士の成績


9 横綱の品格

10 横綱相撲と注文相撲

11 アマチュア相撲の横綱

12 関連項目

13 脚注


歴史[ソースを編集]
横綱の誕生以前[ソースを編集]

古くは戦国時代に黒と白の絹を混ぜて撚り合わせた綱の記述が文献に見える。この黒白横綱を締めた力士は江戸時代中頃の宝暦から安永にかけての浮世絵にその姿を留めている。
横綱の誕生[ソースを編集]「横綱一覧」も参照

その後興行としての江戸相撲が人気を博すようになると、吉田司家行司の総元締めとしての権力を保持するため横綱免許を与えて横綱を作ることを考えた。それまでの将軍家の観戦する上覧相撲寺社への奉納相撲等特別な式典に際して行っていた土俵入りを、土俵上で行っていた顔見世土俵入りと結び付け、綱を締めさせて1人で土俵入りを披露させることにした。1789年11月に昇進した第4代(実質初代)横綱・谷風(2代)の彫像(仙台市勾当台公園 2005年)1789年11月に昇進した第5代横綱・小野川喜三郎の浮世絵

そして1791年(寛政3年)、第11代将軍・徳川家斉の上覧相撲において二代目 谷風梶之助仙台の谷風)と小野川喜三郎が行った紙垂をたらした純白の綱をつけた土俵入りが天下公認となり、横綱が誕生することになった。しかし、次に阿武松緑之助が免許を受けるまで38年も実力者(雷電為右衛門など)がいたにも関わらず免許がなく、阿武松免許の直前に、五条家が当時の両大関玉垣柏戸に横綱を免許したため、吉田司家は、横綱免許を制度化した感がある。この頃、横綱のステータスはまだ認知されていなかったのか、玉垣・柏戸が免許を受けたので横綱土俵入りをしたという記録は見つかっていない。阿武松より、本場所で土俵入りするようになり、幣(しで。綱につける紙の飾り)の形が現在と同じ(紙の長さ方向ではなく、幅方向に折り返すもの)となった。


ご協力下さい!!
■暇つぶし何某■

[次ページ]
[記事の検索]
[おまかせリスト]
[ブックマーク登録]
[mixiチェック!]
[Twitterに投稿]
[オプション/リンク一覧]
[話題のニュース]
[列車運行情報]
[暇つぶしWikipedia]

Size:175 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:FIRTREE