板門店
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板門店
板門店(北側から)韓国の地図を表示北朝鮮の地図を表示
各種表記
ハングル:???
漢字:板門店
発音:パンムンジョム
日本語読み:はんもんてん
ローマ字:Panmunjeom / P'anmunj?m
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板門店(はんもんてん、??? (パンムンジョム))は、朝鮮半島中間部に位置する朝鮮戦争停戦のための軍事境界線上にある地区である。北側の朝鮮人民軍中国人民志願軍と南側の国連軍停戦協定1953年に調印され、同年10月以降は停戦を監視する「中立国監督委員会」と「軍事停戦委員会」が設置され、停戦協定遵守の監視を行っており、60年以上に渡る朝鮮南北分断を象徴する場所となっている。


目次

1 概説

1.1 名称の由来


2 施設

2.1 「軍事停戦委員会」

2.2 「中立国停戦監視委員会」

2.3 周辺施設

2.3.1 「帰らざる橋」

2.3.2 「72時間橋」

2.3.3 「自由の村」と「宣伝村」



3 警備

3.1 DMZの韓国軍

3.2 DMZの北朝鮮軍


4 事件

4.1 ポプラ事件

4.2 ソ連大学生越境事件

4.3 亡命事件


5 見学訪問

5.1 南側から

5.1.1 板門店ツアー

5.1.2 見学事情


5.2 北側から

5.2.1 基本事情

5.2.2 見学事情



6 脚注

7 関連項目

8 外部リンク


概説1938年頃の板門店地図
(「板門店」表示右下の橋の向こう側がJSAがある地域)

板門店は、韓国・ソウルから52キロメートル (km)、北朝鮮・平壌から147km、開城工業団地から8km離れた所に位置する、朝鮮戦争の停戦ラインである軍事境界線(DMZ-DeMilitarized Zone/「非武装区域」とも)上にある(北緯37°57′20″、東経126°40′40″)。韓国の行政区画上は京畿道坡州市郡内面造山里に属する。

韓国軍を中心とした「国連軍」と朝鮮人民軍が境界線を隔てて顔を合わせている。

板門店内は、1953年10月の設置以降、国連軍と朝鮮人民軍の停戦協定に基づく「中立国監督委員会」と「軍事停戦委員会」の本会議場が設置され、停戦協定遵守の監視を行っている。「軍事停戦委員会」本会議場は南側、「中立国監督委員会」は北側の施設となっており、緊急度を4段階(第一級 - 第四級)に分けた会議を開いている。

板門店は、第二次世界大戦後の冷戦下において、南北朝鮮と同じく分裂国家であった東西ベルリン間に置かれた「ベルリンの壁」、同じく分裂国家であった南北ベトナムを隔てた軍事境界線の「ベンハイ川」と並んで、長く「冷戦の象徴的存在」であった。そして、世界の殆どの地域で冷戦が終結し、さらにベルリンの壁が崩壊したのちにドイツ再統一が成った1990年以降において、世界で唯一「冷戦の最前線」になっている。

南北朝鮮両国が過去何度も会談を開いてきたほか、北朝鮮支援物資も板門店を抜けて渡っていくように(現在は、都羅山に南北出入管理事務所と南北直通道路ができたことにより、板門店を経由した物資、人の往来はほとんどない)、対戦状態(休戦中)にある南北朝鮮両国の唯一の接点である。

2018年4月27日に、韓国側施設「平和の家」で、韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が会談した。史上初めて、南北首脳会談が韓国側で開催されて北朝鮮の最高指導者が韓国入りした。詳細は「2018年南北首脳会談」を参照
名称の由来

「板門店」の名は、停戦協定を交渉する会場を開城から現在の板門店の場所に移動させる際に近くにあった「ノル門里」と現地で呼ばれてる店の「ノル」が「板」だという意味と知った中国人民志願軍兵士が案内のために漢字で「板門店」と書き表したことから定着したとされる[1][2]
施設
「軍事停戦委員会」軍事停戦委員会本会議場と「板門閣」(2009年8月、南側から)「平和の家」と遠景の北側国旗掲揚台(南側から)帰らざる橋(南側)

「軍事停戦委員会」の本会議場は板門店の中心にあり、会議場の中心にテーブル、その中心にマイクが置かれ、引き回されたマイクケーブルも境界線を示すように配線されている。会議場脇に通訳ブースも設置されている。韓国、北朝鮮双方から訪れた見学者が、会議場室内で軍事境界線を越えることは認められている。

軍事停戦委員会本会議場の周辺は、韓国側に「自由の家」と「平和の家」が、北朝鮮側に「板門閣」が設置され、各種会談や事務業務、休憩施設として使用されている。1992年に韓国側の「自由の家」と北朝鮮側の「板門閣」の内部に「南北連絡事務所」が設置された。
「中立国停戦監視委員会」

「中立国停戦監視委員会」は、朝鮮戦争において中立を宣言したスイススウェーデンチェコスロバキア(当時)、ポーランドの4カ国によって板門店に置かれることとなった。4か国それぞれから将校が派遣され任期は3年間。しかし、チェコスロバキアとポーランドはソビエト連邦の影響下でワルシャワ条約機構に加盟したので、実際は中立組織は機能していなかった。

冷戦終結と共にポーランドとチェコスロバキアと分離)は旧東側(ソ連圏)から離脱し、中立組織が回復するかと思われたが、両国は1999年旧西側北大西洋条約機構(NATO)に加盟したため、再び有名無実になり、その後チェコとポーランドが抜け、現在はスイスとスウェーデンの2国のみとなっている。

委員会は毎週火曜日、最新情勢について北朝鮮と韓国に送付する報告書を作成している。しかし、北朝鮮は1995年以降受け取りを拒否しており、北朝鮮側のレターボックスは報告書が溜まった状態になっている。満杯になる都度に中立国停戦監視委員会が回収する。
周辺施設
「帰らざる橋」

西側に沙川江(サチョンガン)が流れ、そこに架かる「沙川橋」というでは、朝鮮戦争停戦後に捕虜交換が行われた。北朝鮮から逃れた自由主義者、北朝鮮の捕虜となった韓国軍兵士が北朝鮮側に渡り、その橋を渡ると二度と戻れないことから「帰らざる橋」と呼ばれている。後述の「ポプラ事件(ポプラの木事件)」の舞台となった場所もすぐ近くである。
「72時間橋」

「帰らざる橋」の北側数百メートル所在する沙川江の橋。主に車道として使われている。北朝鮮側が「72時間で完成した」と主張し、この名称が用いられる。
「自由の村」と「宣伝村」


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