月見
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望月

月見(つきみ)とは、主に満月を眺めて楽しむこと。観月(かんげつ)とも称する。

なお、鶏卵黄身を満月に例え料理もその形から月見という(後節参照)。


目次

1 概要

2 八月十五夜

2.1 呼称

2.2 日付

2.3 各地の風習

2.3.1 日本

2.3.2 中国

2.3.3 香港

2.3.4 中華民国(台湾)

2.3.5  ベトナム

2.3.6 韓国



3 八月十五夜以外の月見

3.1 九月十三夜

3.2 十月十夜

3.3 その他の夜


4 月見の名所

4.1 日本

4.1.1 日本三大名月鑑賞地

4.1.2 日本三大名月の里

4.1.3 その他の名所


4.2 中国

4.3 台湾


5 月見に関連した作品

5.1 文学

5.1.1 古典文学

5.1.2 漢詩

5.1.3 小説

5.1.4 俳句

5.1.5 短歌


5.2 童謡・唱歌

5.3 絵本

5.4 能


6 月見に見立てた料理

7 脚注

7.1 注釈

7.2 出典


8 関連項目

9 外部リンク


概要

月見は、主に旧暦8月15日から16日の夜(八月十五夜)と、日本では旧暦9月13日から14日の夜(九月十三夜)にも行われる。そのため、月見に関する話題で単に「十五夜(じゅうごや)」「十三夜(じゅうさんや)」という場合、これらの夜を意味する。

中国日本では、単に月を愛でる慣習であれば古くからあり、日本では縄文時代頃からあると言われる。ただ、『竹取物語』には、月を眺めるかぐや姫を嫗が注意する場面があり、月見を忌む思想も同時にあったと推察される。

名月の日に月を鑑賞する風習の始まりは、唐代の頃からということしか分かっていない。宋代の『東京夢華録』には身分に関わらず街を挙げて夜通し騒ぐ様子が記録されている。この風習が貞観年間(859-877)の頃、日本の貴族社会に入ってきた。平安時代の月見は徐々に規模が大きくなり延喜19年(919)には宇多法皇が日本独自の十三夜の月見を催した。当時の日本での月見は詩歌や管絃を楽しみつつ酒を酌む、といった雅味な催しで庶民とは縁のないものだった。この頃の月見は中国、日本ともに願掛け供え物といった宗教的な要素はなく、ただ月を眺めつつ楽しんでいた。

明代の中国では宴会に加えて、名月の日に供え物や月餅を贈り合う習慣が始まったと田汝成の『煕朝楽事』に記録がある。日本では室町時代に入ってからも名月の日は続いたが、遊宴としては簡素になっていき、室町後期の名月の日には月を拝み、お供えをする風習が生じていた。『御湯殿上日記』には後陽成天皇ナスに開けた穴から月を見て祈る「名月の祝」という祝儀の様子が記録されている。

東アジアには旧暦の8月15日には月見の成立以前からサトイモの収穫祭がある地域が多く、日本でもその日にサトイモを食べる習慣があった。月見が世俗化した江戸時代前期の記録によれは、十五夜の日は芋煮を食べて夜遊びをするのが一般的だった。その頃の庶民の月見には月見団子などの供え物の記録は見られず、家庭で供え物が行われるようになったのは中期以降のことと見られている。江戸後期の風俗記録である『守貞漫稿』には十五夜の日は文机で祭壇をこしらえ、供え物として江戸では球形の、京阪ではサトイモの形をした月見団子を供えると記録されている[1]
八月十五夜月見の飾り
呼称

この夜の月を「中秋の名月(ちゅうしゅうのめいげつ)」と呼ぶ。

「仲秋の名月」という表現もあるが、これだと「旧暦8月の月」を指し、十五夜の月に限定されなくなる。「仲秋」とは、秋を初秋(旧暦7月)、仲秋(同8月)、晩秋(同9月)の3つに区分した場合、旧暦8月全体を指す。対して「中秋」とは「秋の中日」=旧暦8月15日のみを指す。

加えて、中秋の夜に雲などで月が隠れて見えないことを「無月(むげつ)」、中秋の晩に雨が降ることを「雨月(うげつ)」と呼び、月が見えないながらもなんとなくほの明るい風情を賞するものとされる。「望(ぼう)」は満月を指す。また、俳諧では8月14日 - 15日、16日 - 17日の夜をそれぞれ「待宵(まつよい)」[注 1]、「十六夜(いざよい)」と称して名月の前後の月を愛でる。

旧暦8月15日は、日本の六曜で必ず仏滅になることから、俗に「仏滅名月」とも呼ばれる。

英語圏では同時期の満月を表す表現として「Harvest Moon」や「Hunter's moon」がある。
日付

秋分は、北半球では太陽と月の角度により月の(地球から見た)位置が観月に最も適しており、これは旧暦の8月にあたる。今日における新暦(グレゴリオ暦)の日付では、秋分(9月23日頃)の前後半月の期間(1ヶ月間)の中で変動する(詳細は「8月15日 (旧暦)#対照表」を参照)。なお、日本の関東以西ではこの時期、晴天に恵まれる確率は低い。

南米日系人社会でも、日本と同様に十五夜の月を中秋の名月として観月する。ただし、南半球では春であり、月の位置も観月に適してはいない[要出典]。

十五夜の日は満月の日に近い日ではあるが、必ずしも両者は一致するものではなく、むしろ異なる場合の方が多い。その差は最大で2日である。
各地の風習
日本

中国から仲秋の十五夜に月見の祭事が伝わると、平安時代頃から貴族などの間で観月の宴や、舟遊び(直接月を見るのではなくなどに乗り、水面に揺れる月を楽しむ)でを詠み、宴を催した。また、平安貴族らは月を直接見ることをせず、杯や池にそれを映して楽しんだという。

現代では、月が見える場所などに、(すすき)を飾って月見団子里芋枝豆などを盛り、御酒を供えて月を眺める(お月見料理)。この時期収穫されたばかりの里芋を供えることから、十五夜の月を特に芋名月(いもめいげつ)と呼ぶ地方もある[2]。一方、沖縄ではふちゃぎ(吹上餅)を作って供えている。また仏教寺院では、豊作を祈る満月法会を催すところもある。

この他にも戦前から昭和中期にかけて(ところによって今日でも)、子供達が近隣の各家に供えてある月見団子や栗・柿・枝豆・芋・菓子類をその家人に見つからないように盗って回り、その年の収穫を皆で祈る(祝う)「お月見泥棒」という風習もあった(家人は子供たちの行いを見つけても見ない素振りをした)[2]

沖縄県宮古島では、人頭税が課せられていた時代から、旧暦8月15日の十五夜に、その年の租税の完納を祝うとともに、翌年の五穀豊穣を願う豊年祭が各地で行われている[3]宮古島市上野村野原では、午前中に御嶽で礼拝し、夜には観月会をした後に青年男性の棒踊と婦人の輪踊りが行われるマストリヤーという行事が行われ、国の選定無形民俗文化財に選定されている[4][5][6]


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