明治時代
[Wikipedia|▼Menu]

「明治」のその他の用法については「明治 (曖昧さ回避)」をご覧ください。

出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2013年12月)

日本の歴史
1905年(明治38年)
日露戦争日本海海戦

旧石器時代? 紀元前14000年頃
縄文時代前14000年頃 ? 前4世紀
弥生時代前4世紀(前10世紀) ? 後3世紀中頃
古墳時代3世紀中頃 ? 7世紀頃
 大和時代前660年? ? 710年
 飛鳥時代0592年 ? 0710年
奈良時代0710年 ? 0794年
平安時代0794年 ? 1185年
鎌倉時代1185年 ? 1333年
建武の新政1333年 ? 1336年
室町時代1336年 ? 1573年
 南北朝時代1336年 ? 1392年
 戦国時代1467年(1493年)? 1590年
安土桃山時代1573年 ? 1603年
江戸時代1603年 ? 1868年
 幕末1853年 ? 1868年
明治時代1868年 ? 1912年
大正時代1912年 ? 1926年
昭和時代1926年 ? 1989年
 連合国軍占領下1945年 ? 1952年
平成時代1989年 ? 2019年(予定)

Category:日本のテーマ史










明治(めいじ)は日本元号の一つ。慶応の後、大正の前。新暦1868年1月25日旧暦慶応4年1月1日/明治元年1月1日)から1912年(明治45年)7月30日までの期間を指す。日本での一世一元の制による最初の元号。明治天皇在位期間とほぼ一致する。ただし、実際に改元詔書が出されたのは新暦1868年10月23日(旧暦慶応4年9月8日)で慶応4年1月1日に遡って明治元年1月1日とすると定めた。これが、明治時代である。


目次

1 改元

2 出典

3 新暦の実施

4 明治時代

4.1 明治維新

4.2 東京奠都・版籍奉還・廃藩置県

4.3 明治国家の形成

4.4 士族反乱(自由民権運動)

4.5 条約改正問題

4.6 大日本帝国憲法

4.7 日清戦争

4.8 日露戦争

4.9 条約改正の実現と帝国主義国家への道

4.9.1 明治年間の条約改正交渉年表



5 産業の変化

6 年表

7 西暦との対照表

8 現代における明治

9 明治を冠するもの

10 注釈

11 出典

12 関連書籍

13 関連項目

14 外部リンク


改元

ウィキソースに今後年號ハ御一代一號ニ定メ慶應四年ヲ改テ明治元年ト爲ス及詔書の原文があります。


1868年10月23日慶応4年9月8日)- 明治天皇即位による改元

ただし、改元の詔書には「改慶應四年爲明治元年」(慶応4年を改めて明治元年と為す)とあり、改元が年の呼称を改めるということから、慶応4年1月1日(1868年1月25日)に遡って適用された。法的には慶応4年1月1日より明治元年となる。また、一世一元の詔も併せて出され、天皇在位中の改元は行わないものとした。


1912年(明治45年)7月30日1873年(明治6年)にグレゴリオ暦を施行)- 明治天皇崩御大正天皇の即位(践祚)により、大正と改元。同日施行され、大正元年7月30日となった。

出典

易経』の「聖人南面而聴天下、嚮明而治」より。

「聖人南面して天下を聴き、明に嚮(むか)ひて治む」というこの言葉は、過去の改元の際に江戸時代だけで8回、計10回候補として勘案されているが、通算11度目にして採用された。岩倉具視松平慶永に命じ、菅原家から上がった佳なる勘文をにして、宮中賢所で天皇が自ら抽選した[1]。聖人が北極星のように顔を南に向けてとどまることを知れば、天下は明るい方向に向かって治まるという意味である[2]
新暦の実施詳細は「グレゴリオ暦」を参照

1873年(明治6年)より、日本の暦改暦され、新暦太陽暦グレゴリオ暦)を採用した。従来の暦は太陰太陽暦に基づく天保暦で、以後、日本で単に旧暦と言えば天保暦を指す[注釈 1]

改暦は、具体的には、天保暦(旧暦)の明治5年12月2日の翌日を、新暦の明治6年1月1日とすることで実施した。これにより、西暦(グレゴリオ暦)と和暦の日付が一致することとなった[注釈 2]

日付対応表和暦西暦ユリウス通日
天保暦
旧暦)現行暦[注釈 3]
新暦ユリウス暦
(旧暦)グレゴリオ暦
(新暦)
明治5年12月2日なし1872年12月19日(火曜日)1872年12月31日(火曜日)2405159
12月3日)明治6年1月1日(水曜日)1872年12月20日(水曜日)1873年1月1日(水曜日)2405160
12月4日)明治6年1月2日(木曜日)1872年12月21日(木曜日)1873年1月2日(木曜日)2405161

明治時代明治天皇

明治天皇が即位し、新政府は天皇を中心とした新しい国家体制を築くことを目指して、江戸東京と改め、天皇が東京に行幸し、明治2年(1869年)に政府が京都から東京に移された(東京奠都)。この明治天皇の治世が明治時代と呼ばれている。明治政府の樹立に大きな役割を果たした薩長土肥四藩は新政府でも強大な権力を握った。なお、幕末には薩長と共に尊王攘夷運動を主導してきた水戸藩は「天狗党」と「諸生党」の藩内抗争で人材が失われ、明治新政府ではめぼしい人材は皆無となった。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:165 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:FIRTREE