日本海
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「日本海」のその他の用法については「日本海 (曖昧さ回避)」をご覧ください。

日本海の位置

日本海(にほんかい)は、西太平洋縁海で、日本列島朝鮮半島沿海州などに囲まれた海である。
目次

1 範囲

2 名称

3 自然

3.1 生態系と漁業


4 海の環境破壊

4.1 海洋汚染

4.2 磯焼け


5 観光

5.1 国立公園

5.2 国定公園


6 航路

7 隣接する国

7.1 隣接する日本の地方区分

7.2 隣接する大韓民国の地方区分

7.3 隣接する朝鮮民主主義人民共和国の地方区分

7.4 隣接するロシア連邦の地方区分

7.5 領土問題


8 日本海を冠した企業

9 脚注

9.1 注釈

9.2 出典


10 関連項目

11 外部リンク

範囲

ユーラシア大陸と樺太の間の間宮海峡(タタール海峡)、樺太と北海道の間の宗谷海峡オホーツク海と繋がっており、北海道と本州の間の津軽海峡では太平洋と、九州と対馬の間の対馬海峡東水道、対馬と韓国の間の対馬海峡東シナ海と繋がっている。

国際水路機関 (IHO:International Hydrographic Organization) の定義による海上の境界は、北東では外満州のSushcheva岬と樺太西岸のTuik岬とを結ぶ線、樺太南端の西能登呂岬(またはクズネツォワ岬)と北海道北端の宗谷岬(または野寒布岬)とを結ぶ線、道南恵山岬青森県尻屋崎とを結ぶ線、南東では山口県下関市の村崎ノ鼻、六連島北九州市の八幡岬とを結ぶ線、および南西では長崎県野母崎福江島大瀬埼、韓国済州島最南端のプナム崎、全羅南道の玉島、珍島を結ぶ線で囲まれる海域となっており[1][2]、南西部では対馬海峡・朝鮮海峡よりも西の五島列島や韓国南部まで含まれている。しかし、一般的には九州北西部、特に長崎県西方や五島列島周辺の海域を「日本海」と呼ぶことは少なく、環境省[3]気象庁[4][5]、長崎県[6]などの資料では、これらの海域を日本海に含まず、東シナ海の一部とするなどしている。
名称

中国における古称は鯨海(けいかい)であった[7]

古代の日本では北海と呼んでいた。『日本書紀』の垂仁天皇2年是年条に、朝鮮半島から来た都怒我阿羅斯等が穴戸(長門)を出て海路を迷ったあげく、「北海をまわって出雲国を経て」の笥飯浦(現在の敦賀)に至ったという話がある[8]

「日本海」が初めて見えるのは、イタリア出身の宣教師マテオ・リッチが北京で作った「坤輿万国全図」で、1602年に刊行された[9]。日本では1802年(享和2年)に蘭学者山村才助が『訂正増訳采覧異言』で初めて用いた[9]。そしてロシア海軍のクルーゼンシュテルン提督(1770?1846)の著書『世界周航記』が続く[9]英語ではSea of JapanまたはJapan Sea。ラテン語ではMare Iaponicum(マレ・ヤポーニクム)。フランス語ではmer du Japon、ドイツ語ではJapanisches Meer、ロシア語では Японское море であり[10]、いずれも『日本海』を意味する。

現在、国連および国際的な海図の大半は「日本海」(もしくはその訳語)という表記を使用しており、国際的にこれが一般的である。海図上の名称の基準になっている国際水路機関 (IHO) の「大洋と海の境界」(1953年)においても、Japan Sea の名称を用いている[11][12]

太平洋 (Тихий океан) の一部という認識も強く、ウラジオストクにある艦隊の名称やナホトカにあるシベリア鉄道ナホトカ支線のナホトカ航路との接続駅は「太平洋」を名乗っており、「太平洋通り」という名称の通りもある。

朝鮮語において、韓国では??(トンヘ、東海)、北朝鮮では????(チョソントンヘ、朝鮮東海)との呼称が一般的である。この他、昔は???(チョソンヘ、朝鮮海)などとも呼ばれている。韓国は、「日本海」の国際使用は植民地統治の残滓であるとして「東海」、「韓国海」、「朝鮮海」等への置き換えもしくは併記を主張している。この問題の詳細は日本海呼称問題を参照。
自然 富山県魚津市本新から臨む富山湾

平均水深は1,752m、最も深い地点で3,742mで、表面積は978,000 km2である。中央の大和堆(水深約400m)を挟んで主に3つの深い海盆があり北に日本海盆(水深およそ3,000m)、南東にやや浅い大和海盆、南西に対馬海盆(ともに水深およそ2500m)と呼ばれている。また、富山湾沖から水深1,000mにも達する富山深海長谷が約750kmにわたって延びている(富山平野砺波平野はその延長である)。大陸棚が東部沿岸に広がっているが、西部、特に朝鮮半島沿いは非常に狭く、幅は30km程度である。

海峡の水深が浅いため外海との海水の交換は少なく、唯一対馬海峡から対馬海流が流入するのみである。暖流の流入は日本の温暖な気候に影響を与えている。北部には寒流のリマン海流が流れているが、地質調査からかつて親潮が流れていたことが明らかとなった。

深層には太平洋とは全く性質を異にする日本海固有水と呼ばれる、寒冷で溶存酸素に富んだ海水が分布する。

北方と南西海域は豊富な水産資源が得られ、鉱物資源天然ガス、わずかながら石油そしてメタンハイドレートの存在など経済的にも重要な海域とされる。

日本列島は4000万年前まで大陸の一部であったが、4000万年前頃から2000万年前にかけて大陸から分離し日本海の原型が形成され、その後拡大が進み数百万年前にはほぼ現在の配置になった。対馬海峡はまだユーラシア大陸と陸続きで、対馬海峡が形成されたのは第四紀になってからといわれている。その後氷期間氷期の世界的な海水準の変化によって、水深130m程度の浅い海峡は閉じたり開いたりを繰り返していた。


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