数学史
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ヒサーブ・アル=ジャブル・ワル=ムカーバラ。最古の数学文書の一つとして知られる

数学史(すうがくし、英語:history of mathematics)とは、数学歴史のこと。第一には、数学上の発見の起源についての研究であり、副次的な興味として、過去の数学においてどのような手法が一般的であったかや、どのような記号が使われたかなども調べられている。


目次

1 概要

2 原始時代から古代の数学的概念

2.1 数の概念、計数

2.2 算術、幾何学の始まり

2.3 法則性の発見


3 古代から中世における数学の発展

3.1 概要

3.2 中東での数学の発展

3.2.1 メソポタミア

3.2.2 エジプト

3.2.3 イスラム数学(西暦800?1500年頃)


3.3 インドでの数学の発展

3.3.1 初期のインド数学

3.3.2 中世インド数学(西暦400?1600年頃)


3.4 中国での数学の発展

3.5 ギリシアおよびヘレニズム数学(紀元前550年?西暦300年頃)


4 中世以降のヨーロッパ数学の発展

4.1 中世初期(西暦500?1100年頃)

4.2 ヨーロッパ数学の復活(西暦1,100?1,400年頃)


5 近代ヨーロッパ数学(西暦1400?1600年頃)

6 17世紀

7 18世紀

8 19世紀

9 20世紀

10 21世紀

11 脚注

12 参考文献

13 関連項目

14 外部リンク

14.1 学会誌

14.2 リンク集・ウェブディレクトリ

14.3 数学の歴史・文化に関連する日本語サイト


概要

数学史は、文明が起こる以前に遡って説明することができる。そこには、狩猟や採集、また生活を維持するために必要だった計数の概念などが含まれる。また、文明成立後は各地で様々な水準の数学の発展が興るが、やがて文明の交流によって現代の数学に繋がっていく。
原始時代から古代の数学的概念
数の概念、計数

有史より遥か古い時代の線画にも、数学の知識や、天体観測に基づいた測時法があったことを示すものがある。古生物学者による例では、南アフリカの砂岩洞窟の中に、幾何学的模様で彩られた線刻画が発見され、紀元前7万年頃[1]のものと推定されている。他にも、アフリカフランスで発見されている紀元前3万5千?2万年頃[2]先史時代遺物の中に、時間を表現しようとした形跡がある[3]

古代、記数法は、女性が生理の日を記録するために必要とされたという証拠がある。また、28?30のキズがついた石や骨が、複数見つかるという事例がある。さらに、ハンターたちは獣の群について考慮する際には、「1」「2」「多数」、さらに「無」や「零 (ゼロ)」の概念を使っていたということも分かっている。整数や実数といった数の集合の要素の一つとして零(ゼロ)を見出したとは言えないものの、「零 (ゼロ) 」の概念はこの時期からすでにあったということもできる[4][5]
算術幾何学の始まり

イシャンゴの骨といわれる遺物が、ナイル川源流地域(コンゴ民主共和国北東部)で発見されており、紀元前2万年頃のものと推測されている。この骨が表現している内容[6]は、最初期の素数や、古代エジプトかけ算であると考えられている。また、紀元前5000年代のエジプト原始王朝のエジプト人は幾何学的・空間的デザインの絵画表現を残している。紀元前3000年代以降のイングランドスコットランドにおける巨石記念物には、円、楕円、ピタゴラス数、などの数学的概念が織り込まれているとの指摘がある[7]

古代インド数学で知られている最古の史料は、紀元前3000?2600年頃の、北インドおよびパキスタンに位置したインダス文明ハラッパー文化)にある。 ハラッパー文化は十進法を使った重量・距離の計量法を発達させ、驚くほど精密で数学的な比率の寸法をもったレンガを作っていた。また、道は完全な直角をなして敷設されている。彼らが用いたデザインには立方体・樽型・円錐・円柱などを含む幾何学的形態や、同心あるいは交錯する円や三角形などの意匠がある。発見された数学用具には、十進目盛が刻まれ、細かく精細な目盛りの付いた正確な定規や、地平座標における角度を40度あるいは360度法で測るために用いられた貝のコンパス、天球を8ないし12分して計測するための貝製の計測器、航法のために星の位置を計測する計測器などがある。インダス文字はまだ解読されていないため、ハラッパーの文字による数学についてはほとんどわかっていない。考古学的な証拠によれば、この文明は、8を基数とする記数法を使っており、円周率πの値を知っていたとの説がある[8]中国王朝時代(紀元前1600年頃?1046年)には、現在も使われる漢数字の初期のものが、亀甲に彫られている[9][10]。周王朝の時代にすでに用いられていた算籌(さんちゅう)記法は竹の棒を並べて数を表した方法を字写したものだが、これは位取り記数法の歴史上最も古い現れだと見なすことができる。例えば「123」を(縦書きで)表す場合は以下のようにする。まず「1」を表す数字を書く。次に「100」を表す数字を書く。次に「2」を表す数字を書く。次に「10」を表す数字を書く。そして「3」を表す数字を書く(要するに「一百二十三」と書く)。これは、算盤での計算を可能にした。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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