攻城戦
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コンスタンティノープルの陥落

攻城戦(こうじょうせん、英:siege)とは敵の砦、、城壁都市を奪取するための戦闘のことである。


目次

1 概要

2 目的

3 作戦

4 攻城戦の手法

4.1 包囲

4.2 開城交渉

4.3 強攻

4.4 城の破壊

4.5 城兵の損傷

4.6 内応

4.7 奇襲

4.8 奇策、撹乱


5 防城側(防城戦)の手法

5.1 攻城兵の損傷

5.2 挑発・戦意高揚・攻城側への戦意喪失

5.3 奇襲・奇策・撹乱

5.4 救援軍


6 中世欧州における攻城戦

6.1 中世欧州の攻城兵器


7 近代戦

8 包囲戦一覧

8.1 外国の主な攻城戦

8.2 日本の主な攻城戦

8.2.1 日本三大水攻め



9 脚注

9.1 注釈

9.2 出典


10 関連項目

11 参考文献


概要

古代から近世初期にいたるまで、野戦と並ぶ2大戦闘形態の1つであった。

孫子』では、防御に徹する守備側を攻略することは容易ではなく、攻城は下策で最も避けるべきと述べられている。

城塞の技術は、15-16世紀の火薬大砲の活躍によって大きく変化しており、この後の要塞を攻める行為も類似の戦闘ではあるが相違点も多い。従って、本項ではそれ以前の攻城戦を中心に記述する。また、兵器の攻撃力が発達した現代の戦争では「大軍をもって城に立て籠った敵を攻める」という行為が行われる可能性は低いが、装備品の有無や城の定義(参照)によってはこの限りではない。

古典的な戦記などでは会戦が多く描かれるが、実際の戦争は「小競り合い」と「攻城戦」がほとんどを占めたといえる[要出典]。城内の防御側勢力が長期に渡り守勢に徹して攻撃側と対峙し続けることは「篭城」と呼ばれ、城が攻撃側の侵入を阻止し切れずにその支配権を明け渡すことは「落城」、「陥落」と呼ばれる。
目的

攻城戦には通常、次のような目的がある。
軍事的観点からの要衝の確保
交通の要衝など軍事的に重要な地点を確保すれば、その後、会戦をするのも持久戦に持ち込むにも有利になる。しかし、城壁などを修復不能なまでに完全に破壊してしまえば再利用が不可能になるため、攻め手はそれに留意する必要がある。
地域の支配
地域支配の中心である城を奪えば、その地域は自ずからそれに従うようになる。国レベルにおいても
コンスタンティノープルのような首都を奪えば、国全体の征服も容易になる。
富や物資の略奪
主に城壁都市の場合、そこに蓄えられた財宝、食料、物資が直接的な目的となることもある。
君主の捕獲
古代、中世の戦争は君主を捕らえれば終結し、逆に捕獲できなければ抵抗がいつまでも続くことが多い。野戦では逃げられやすいが、城に追い込めば捕獲できる確率は高くなる。

籠城側の目的は当然上記の目的の阻止となるが、他に籠城戦を選択する目的としては次のようなものがある。なお、積極的な戦略としてではなく、野戦での敗戦や電撃的な奇襲などにより籠城戦を余儀なくされるケースもある。
時間を稼ぐ
援軍の到来や敵方の兵糧不足など、時間を経過させれば勝機が整う見込みがある場合には時間を稼ぐことが出来る。
野戦での勝利が難しい
兵力不足・準備不足で野戦での勝利が見込めない場合も、籠城戦ならば兵力や準備が整えやすく、戦況を有利に持ち込みやすくなる。
作戦

短期戦と長期戦に分けられ、これは準備や装備が異なるため区別される。
短期戦


圧倒的な大軍を動員した上で、城兵の生命や安全な退去を保証したり、場合によっては、臣従を誓わせ人質を取るだけで、そのまま城を保有させるなどの寛大な条件を示し「開城交渉」を行う。

移動型、略奪型の行軍の中で、城兵が少なかったり、防備に欠陥が有るような城や城壁都市を攻撃する。短期間で落城しなければそのまま移動を続けるもので、中国の流民
軍や中世欧州地域[注 1]で行なわれた。

大規模な会戦の前に戦略的優位を占めるために、要衝の城を戦力の損耗を覚悟の上で「強攻」する。

敵が警戒していない時に「奇襲」をかけて城の内部に侵入し、城による守勢側の優位性を奪う。

長期戦

まず、補給路などを確保し防御設備を築いた上で、交通路を押さえて、城を包囲する。

攻城兵器火矢を使って城を破壊したり、印地あるいは鉄砲などの飛び道具で城兵の損傷を図る。

開城交渉や調略を行いながら、心理的な圧力をかける。

城設備の破壊度、相手の兵糧・物資の窮乏度、士気の低下度を確認するため時々、攻撃をかけてみる。

十分、弱まったと判断したら総攻撃である「強攻」をかける。あるいは敵が食糧不足などで降伏するまで、さらに滞陣する。

攻城戦の手法
包囲

相手の数倍の戦力をもって、城を包囲し外界との接触を遮断する。これにより水や食料、その他の備蓄軍需物資の枯渇を図ると共に、情報を遮断することにより正確な状況判断を困難にさせ、絶望感を与え士気の低下を期待する。

攻撃側の損耗は最小で済むが長期戦になり、篭城側と同様に攻城側も食料補給が求められ、兵士の士気の維持や伝染病の発生にも留意する必要がある。攻撃側は城内からの奇襲という戦闘前面への備えだけでなく、敵軍に援軍があれば襲撃や逆に包囲されることもあるので、周囲警戒など背後への備えも求められる。

日本では「兵糧攻め」と呼ぶことが多い。河川を堰き止め清潔な水を使用不能にし、篭城側の生活をままならなくする「水攻め」も兵糧攻めである。

一般に、飲料水の確保や食料などの備蓄量によって守備側の篭城可能な期間が決まる[注 2]。守備側に豊富な食糧が蓄えられていると落城は容易ではないので、事前に商人を城周辺に遣わして米穀類を買い占めさせたり、付近の農民等に乱暴狼藉等を行い城内に追い込む事も行なわれた。篭城戦では戦闘による死傷者や破壊は避けられるが、守備側では、通常の戦闘では死ぬ事の無い子供や老人など多数の餓死者を出し、死人の肉を喰らうなど悲惨な状況が生じることがあり、その面では人道的な戦法ではない。

兵糧攻めという攻城戦の戦法はガリア戦争におけるアレシアの戦い1885年スーダンハルツーム包囲戦が代表的である。日本では豊臣秀吉が得意とし、三木城鳥取城高松城で用い、小田原城攻略では対抗して石垣山城を築いて包囲戦を続けるなど、大軍をもって被害を出さずに勝つ方法として有名。

近代以降では、軍用機ミサイルの発達により、包囲で籠城側の逃げ道を断った上で、空襲などにより逃げ場のない籠城側に一方的に損害を与えることもある。最近の例としては市街地を土堤で封鎖した上で空爆を加えたファルージャの戦闘などがある。
開城交渉

適当な条件を示したり、脅したりしながら、開城の条件を交渉する。互いの状況は正確には判らないために駆け引きがあり、守備側にとっては早く開城すれば寛大な措置を受け、最後まで抵抗すれば略奪や虐殺されるという囚人のジレンマを感じることになる。日本では「調略」とも言う。

中世から近世欧州では、武装解除なしで退去・明け渡しの慣習があり、将の名誉とされた。これはキリスト教の下に「誓い」が重視された文化で発生し得た合意である。予め一定期間内に援軍が来ない場合、開城して良いと領主から指示があることも多かった。
強攻

城壁をよじ登る、梯子、雲梯をかける、攻城塔で接近するなどして城内に入りこみ、守備塔を占拠したり城門を開くことを試みる。

攻城側の兵士が城内に侵入できても、守備兵の錬度や士気が高い場合や、城内部にさらに守備の工夫(通路の複雑化など)が施されている場合、攻城側の損害は大きくなる。コンスタンティノープル攻略、山中城攻城など。
城の破壊南フランス・プロバンス地方、レ・ボー城塞のトレビュシェット

城は城壁を備え、城への侵入を困難にしている。そのため、攻撃側は強攻に先立だって、敵城の堀を埋め、城壁や城門に突破口を作り、主軍の進入路の確保する必要がある。

破城槌投石機大砲攻城砲)で城門や塔、城壁などを破壊する。

移動小舎を接近させてを埋めたり攻撃のための足場を築き、あるいは城壁直下に穴やトンネルを掘って壁の自重による崩壊を誘う。

火矢などで火をつける。

城兵の損傷


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