富山県
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明治時代(置県以前)

1871年

8月29日(明治4年7月14日) - 廃藩置県によって富山藩の領域(おおむね神通川流域)が富山県(旧県)となる。

12月31日(明治4年11月20日) - 金沢県(第一次)礪波郡及び新川郡を編入し、同時に富山県(旧県)を新川県に改称、県庁所在地を魚津とする。


1872年10月29日(明治5年9月27日) - 七尾県射水郡を編入。旧越中国全域が一つの県となり、同時に県庁が魚津から富山に移る。

1876年(明治9年)4月18日 - 新川県が石川県に強制編入される。

1877年(明治10年) - 魚津に県内最初の電信分局が架設される。

1881年(明治14年)

5月 - 東部の越中自治党、高岡の越中義塾、石動の北辰社が合同し、越中改進党を結成する。

12月19日 - 越中国礪波郡出身の司法省役人、石崎謙が代表となって「分県丿議」(分県の嘆願書)を元老院議長寺島宗則に直訴提出する。


1882年(明治15年)9月 - 有志を代表して、越中改進党幹事の米沢紋三郎と入江直友らが上京し、内務卿山田顕義らに「分県之建白」を提出嘆願する。

1883年(明治16年)5月9日 - 「明治16年太政官布告第15号 富山佐賀宮崎三縣設置」により、佐賀県宮崎県の分県とともに、旧越中国及び旧新川県一円(越中4郡)を富山県として再び設置。この日をもって現行の富山県の置県とする。

明治時代(置県以後)

1883年(明治16年)6月7日 - 安田善次郎が富山県為替方となる。

1889年(明治22年)

4月1日 - 市制町村制施行により、富山市・高岡市が発足する。

7月30日 - 伏木港が特別輸出港となる。


1894年(明治27年)

2月1日 - 共立薬学校が開校する。

8月4日 - 日清戦争開戦に伴い、歩兵第7連隊が出兵する。


1896年(明治29年)- 放生津の新湊汽船会社により、伏木港中国大陸間の定期航路を開始する。

1897年(明治30年)5月4日 - 県内初の鉄道(中越鉄道の黒田 - 福野間(現城端線))開通。

1899年(明治32年)

3月20日 - 官営鉄道北陸線(現:あいの風とやま鉄道線)が富山駅まで延びる。

4月1日 - 北陸で初めての電力事業会社、富山電燈(現北陸電力)が富山市内に送電を始める。


1904年(明治37年)

2月11日 - 中国大陸航路の汽船奈呉浦丸がロシア帝国軍によって撃沈される。

5月9日 - 日露戦争により、第9師団に動員令発令される。


1907年(明治40年) - 石黒岩次郎によって米の新品種「銀坊主」発見される。

1908年(明治41年)11月16日 - 北陸線、呉羽 - 富山間経路変更、富山駅移転。富山線、富山 - 魚津間が開業する。

1909年(明治42年)4月 - 神通大橋が竣工する。

大正 - 第二次世界大戦中1945年8月1日に日本全国の都市に投下されたアメリカ軍による空襲予告の伝単。左下3番目に「富山」の文字が書かれている。

1912年(大正元年)9月22日 - 暴風雨により、県内で死者24人。

1913年(大正2年)

北陸本線が全線開通する。

9月1日 - 一府八県連合共進会の第2会場として下新川郡魚津町大町(現・魚津市新角川)に日本で最初の水族館である魚津水族館が創設される。


1914年(大正3年)4月9日 - 歩兵第69連隊が朝鮮へ出兵。

1916年(大正5年)4月1日 - 安田善次郎の寄付により、富山市立富山工業学校(現・富山県立富山工業高等学校)が開校。

1918年(大正7年)

7月23日 - 魚津大町で主婦が米の移出阻止を求める。(後に米騒動として発展)

8月7日 - 米騒動を全国に打電した「高岡新聞」が発禁となる。


1920年(大正9年)11月18日 - 伏木 - ウラジオストク間航路が開業する。

1923年(大正12年)

3月15日 - 富岩鉄道(現:富山ライトレール富山港線)が設立される。

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