奈良県立大宇陀高等学校
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奈良県立大宇陀高等学校

過去の名称奈良県立宇陀中学校(旧制)
奈良県立宇陀高等学校
国公私立の別公立学校
設置者 奈良県
学区全県一学区
校訓剛健・進取・偕和
設立年月日1923年(大正12年)4月
共学・別学男女共学
課程全日制課程
単位制・学年制学年制
設置学科普通科
学科内専門コースライフクリエイトコース
学期3学期制
高校コード29117A
所在地〒633-2166
奈良県宇陀市大宇陀迫間63-2北緯34度28分50.8秒東経135度55分44.5秒
外部リンク ⇒公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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奈良県立大宇陀高等学校(ならけんりつ おおうだこうとうがっこう、英語表記 Nara Prefectural Ohuda Senior High School)は、奈良県宇陀市大宇陀迫間に所在する公立高等学校


目次

1 概要

2 沿革

3 部活動

4 著名な出身者

5 交通

6 関連項目

7 脚注

8 外部リンク


概要
歴史
1923年大正12年)創立の「奈良県立宇陀中学校」(旧制中学校)を前身とする。1948年昭和23年)4月の学制改革により新制高等学校となった。当初男子校であったが、同年9月の再編で「奈良県立大宇陀高等学校」に改称し、男女共学を開始した。2013年平成25年)に創立90周年を迎えた。
設置学科・コース
全日制課程 普通科

ライフクリエイトコース(2013年(平成25年)4月新設)

上記以外のコース - 2年次より以下の3コースに分かれる。


阿騎野コース(文系コース)

かぎろひコース(理系コース)

八角コース(専門学校就職コース)

校訓
「剛健・進取・偕和(かいわ)」
校章
四方の山を図案化したものに校名「大宇陀(Ouda)」の「O」と「U」の文字を重ね、「高」の文字を置いている。
校歌
作詞は五味保義、作曲は下総皖一による。歌詞は3番まであり、校名の大宇陀は登場しない。ただし1番に地名として「宇陀」が登場する[1]
沿革

1923年(大正12年)4月 - 「奈良県立宇陀中学校」(旧制中学校)が開校。初代校長に立石秀三が就任。

入学資格を
尋常小学校(6年)を卒業した12歳以上の男子、修業年限を5年(現在の中1から高2まで)とする。


1924年(大正13年)3月 - 校舎が完成。

1943年(昭和18年)4月1日 - 中等学校令の施行により、この時の入学生から修業年限が4年となる。

1944年(昭和19年)- 勤労動員が開始。

1945年(昭和20年)

3月 - 教育ニ関スル戦時非常措置方策により、修業年限4年施行の時期が繰り上げられ、4年生と5年生の合同卒業式を挙行[2]

4月 - 学校での授業が停止される。ただし勤労動員は継続される。

8月 - 終戦。

9月 - 授業が再開される。


1946年(昭和21年)4月 - 修業年限が5年に戻る(4年修了時点で卒業することもできた)。

1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革六・三制の実施)が行われる。

旧制中学校の募集が停止される。

新制中学校が併設され(以下・併設中学校)、旧制中学校1・2年修了者を併設中学校2・3年生として収容。

併設中学校は経過措置として暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。

旧制中学校3・4年修了者はそのまま在籍し、4・5年生となった(4年修了時点で卒業することもできた)。


1948年(昭和23年)

4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)により旧制中学校は廃止され、新制高等学校「奈良県立宇陀高等学校」(男子校)が発足。

旧制中学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、旧制中学校2年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。

併設中学校は新制高校に継承され、在校生が1946年(昭和21年)に旧制中学校へ最後に入学した3年生のみとなる。


9月1日 - 高校三原則に基づく公立高等学校の統合・再編により、総合制の「奈良県立大宇陀高等学校」(男女共学)が発足。

通常制普通課程と農業課程を設置。


12月 - 菟田野分校(定時制)を設置。


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