→太陽銀行参照
さらなる合併
1990年、名門三井財閥の直系でありながら規模の小ささがネックだった三井銀行と合併し、消滅した(合併後は太陽神戸三井銀行、1992年さくら銀行に改称)。
2001年、不良債権処理に苦しんでいた各行が生き残りを賭けて再編を目指し、富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行の三行合併(みずほ銀行)に刺激される形でさくら銀行は住友財閥系の住友銀行と合併し、三井住友銀行となる。
太陽神戸銀行本店はさくら銀行神戸営業部(関西本部)→三井住友銀行神戸営業部(神戸本部)として現存している一方、東京営業部はさくら銀行本店営業部→三井住友銀行九段営業部を経て三井住友銀行本店(旧三井銀行本店)に統合されて消滅した(当時の建物は、現在あおぞら銀行本店となっている)。三井との合併後、旧太陽銀行系の小規模店舗はあさひ銀行への営業譲渡や統廃合で閉鎖され、兵庫県内の不採算店舗はみなと銀行へ譲渡されている。
さらに、住友銀行とさくら銀行の合併後、太陽神戸の東京営業部は前述のように消滅し、旧太陽の本店だった東京中央支店は名前こそ残ったものの実質上は旧住友の日本橋中央支店に統合されてしまった。現在でも残っている旧太陽神戸の本店クラスの店舗は、神戸本部だった三井住友銀行神戸営業部のみである。みなと銀行を子会社化し、かつ、住友銀行との合併後は近隣の大阪にも本店クラスの店舗があるにもかかわらず、今もなお神戸に本店クラスの店舗を維持しているのは、岡崎財閥の時代から年月を経た今でも、神戸には、全国ないし世界に事業展開している(地方銀行であるみなと銀行が取引するよりも、全国ならびに世界に店舗を持つメガバンクが取引するのがふさわしい)取引先企業が多いことを意味していると考えられる。
また、三井住友銀行となった現在でも兵庫県内における重複店のほとんどが、旧神戸系店舗が店名を維持し旧三井・住友系の近隣店を吸収している。太陽系の店舗においては、都道府県所在地名を店舗に限れば、前身他行が未出店であった、前橋・甲府・長野各支店等である。
エピソード
旧・神戸銀行時代から、小学館の学習雑誌「小学一年生」の裏表紙に広告が掲載されていた。神戸銀行時代の児童向けキャッチフレーズは「ぼくもわたしもこうべぎんこう」。太陽神戸三井銀行?さくら銀行になってからも数年間は継続していた模様)。1981年に開催されたポートピア'81に出展したパビリオン「神戸プラネタリウムシアター」でも、小学館が同行取引先の一員として協賛企業に参加していた。
ATMが登場しキャッシュカードが発行された最初期は、「キャッシュカード」は「ハンディカード」と呼ばれていた。
演歌歌手の香西かおりが一時期同行で勤務していたこともある。
関連項目
華麗なる一族…この小説に出てくる阪神特殊鋼は1965年の山陽特殊製鋼倒産事件をモデルにしたと言われており、また、阪神銀行(架空)は神戸銀行をモデルにしたといわれている。そして、この小説の阪神銀行頭取の万俵大介を始めとする万俵一族のモデルは岡崎財閥だとされている。
小説中では阪神銀行のオーナー頭取である万俵大介が策略を巡らし阪神特殊鋼倒産をきっかけに大同銀行との“小が大を飲み込む”合併を行っている。しかし現実では山陽特殊製鋼倒産事件をきっかけ神戸銀行の経営体質が問題視され、1967年、それまで20年間オーナー頭取として君臨していた岡崎忠は会長に退き、神戸出身の元大蔵事務次官・石野信一が就任した。その後、1973年に石野の先輩である元大蔵事務次官・河野一之が頭取を務める太陽銀行と合併している。銀行の行く末を決定したのは、オーナー頭取ではなく金融再編を考えた2人の元大蔵次官であった。
なお、現実の銀行合併(1973年)は小説発表(1970年3月より1972年10月まで週刊新潮に連載)より後である。また、小説中の“貯蓄銀行より都市銀行へ転換し、歴代頭取は日銀天下り”である大同銀行のモデルは、太陽銀行(小説中では太平銀行となっている)ではなく協和銀行をモデルとしている。
外部リンク
⇒系図でみる近現代第34回 華麗なる一族・神戸の岡崎財閥
カテゴリ: かつて存在した都市銀行 | 三井住友銀行の前身行 | 旧居留地
更新日時:2009年4月25日(土)10:45(日時は
取得日時:2009/07/02 20:37