太甲
殷
4代帝
王朝殷
都城亳
姓・諱子中壬
廟号太宗
父太丁
太甲(たいこう)は、殷の4代目の帝。天乙の孫、中壬の甥にあたる。。天乙の後をすぐに継いだという説もある。
孟子や史記などでは、太甲の即位時に伊尹が『伊訓』・『肆命』・『徂后』といった文を作り、太甲に施政の心得として与えたとされている。しかし、太甲が暴虐であったために、伊尹が太甲を即位後3年にして桐に追放したとされる。太甲は桐で3年過ごし、そこで反省したため、伊尹に許され、天子の位に戻った。この時伊尹に『太甲訓』を授けられた。その後、太甲は徳を積み、諸侯にも人民にも慕われた。
竹書紀年では、中壬の没後、伊尹が太甲を桐に追放し、自らが天子となったとされる。しかし、7年後に伊尹は太甲に殺され、太甲が天子となった。この時、太甲は伊尹の子である伊陟・伊奮に家を継がせたという。
表・話・編・歴殷の帝
天乙 / 外丙 / 中壬 / 太甲 / 沃丁 / 太庚 / 小甲 / 雍己 / 太戊 / 中丁 / 外壬 / 河亶甲 / 祖乙 / 祖辛 / 沃甲 / 祖丁 / 南庚 / 陽甲 / 盤庚 / 小辛 / 小乙 / 武丁 / 祖庚 / 祖甲 / 廩辛 / 庚丁 / 武乙 / 太丁 / 帝乙 / 帝辛
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カテゴリ: 殷の君主隠しカテゴリ: 中国の歴史関連のスタブ項目
更新日時:2009年9月11日(金)23:45(日時は
取得日時:2010/03/09 08:39