名古屋三越
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この項目では、日本の百貨店について説明しています。三越(さんえつ)と呼ばれる日本の地域名については「越国」をご覧ください。

株式会社三越
Mitsukoshi, Limited
日本橋三越本店(国の重要文化財
種類株式会社
市場情報東証1部2779
2003年9月1日 - 2008年3月26日大証1部(廃止) 2779
2003年9月1日 - 2007年12月21日名証1部2779
2003年9月1日 - 2008年3月26日東証1部8231(旧法人)
1953年8月24日 - 2003年8月26日
略称MITSUKOSHI
本社所在地 日本
〒103-8001
東京都中央区日本橋室町一丁目4番1号
設立2003年(平成15年)9月1日
創業は1673年(延宝元年)
業種小売業
事業内容百貨店業ほか
代表者代表取締役会長・中村胤夫
代表取締役社長兼営業企画本部長・石塚邦雄
資本金374億404万円(2008年2月28日現在)
売上高単体7293億円
連結7739億円
(2008年2月期)
総資産単体5042億円
連結5707億円
(2008年2月期)
従業員数単体6,713人
連結9,405人
(2007年8月31日現在)
決算期毎年2月末
主要株主三越伊勢丹ホールディングス 100%
主要子会社株式会社二幸 100%
株式会社スタジオアルタ
株式会社三越友の会
関係する人物三井高利(越後屋創業)
日比翁助(三越百貨店創業)
猪熊弦一郎(デザイナー)
やなせたかし(元社員)
岡田茂(元社長)
竹久みち
外部リンク ⇒www.mitsukoshi.co.jp
特記事項:現在の法人は、2003年9月1日に旧三越と系列会社による新設合併で設立
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三越(みつこし、英称:Mitsukoshi)は、株式会社三越伊勢丹ホールディングス傘下の株式会社三越伊勢丹が運営する日本の百貨店。また、株式会社三越は、かつてこれを運営していた会社である。
初代(1928年 - 2003年8月31日)

2代目(2003年9月1日 - 2011年3月31日) - 1.と株式会社名古屋三越・株式会社千葉三越・株式会社鹿児島三越・株式会社福岡三越が新設合併して発足。現在の株式会社三越伊勢丹の直接の前身。

商号の「三越」は、三井家の「三井」と創業時の「越後屋」からとったもので、1904年に「合名会社三井呉服店」から「株式会社三越呉服店」へ改称した際からのものである。1935年に竣工した日本橋本店は、国の重要文化財に指定されている[1][2]。現在の同店のキャッチフレーズは、「飾る日も 飾らない日も 三越と」、「This is Japan」。
目次

1 概説

2 沿革

2.1 越後屋・三井呉服店時代

2.2 株式会社三越呉服店時代

2.3 (初代)株式会社三越時代

2.4 (2代目)株式会社三越時代


3 三井高利と越後屋

4 歴史に残る広告

5 海外デザイナーとの提携

6 通信販売

6.1 テレショップ

6.1.1 過去に放送した局



7 大塚家具と協調販売

8 読売ジャイアンツの優勝セール

9 トリビア

9.1 オリジナル観光バス

9.2 包装紙と紙袋

9.3 日本初のエスカレーターと、エレベーターの設置

9.4 ライオン像

9.5 御子様洋食

9.6 パイプオルガン

9.7 お江戸日本橋


10 店舗

10.1 直営店舗

10.1.1 百貨店

10.1.2 専門館事業部

10.1.3 小型店舗事業部


10.2 グループ企業店舗

10.2.1 国内店舗

10.2.2 海外店舗

10.2.3 資本提携店


10.3 過去に存在した店舗

10.3.1 国内百貨店

10.3.2 専門館

10.3.3 小型店舗

10.3.4 海外店

10.3.5 提携百貨店


10.4 系列店政策

10.5 出店中止


11 POSシステム

12 脚注

13 関連項目

14 外部リンク

概説

江戸時代1673年延宝元年)に「店前現銀売り(たなさきげんきんうり)」や「現銀掛値無し(げんきんかけねなし)」「小裂何程にても売ります(切り売り)」など、当時では画期的な商法を次々と打ち出して名をはせた、呉服店の「越後屋」(ゑちごや)として創業。現在では当たり前になっている正札販売を世界で初めて実現し、当時富裕層だけのものだった呉服を、ひろく一般市民のものにした。1928年には「株式会社三越」となった。

「三越」改称の案内の際に「デパートメントストア宣言」を行い、そのことを以て日本での百貨店の歴史が始まりとすることが多い[3]。(実際の百貨店化の動きなどの日本の百貨店の始まりについての詳細は日本の百貨店の歴史参照)。また三井財閥(現三井グループ)のルーツとなった「越後屋」の呉服店事業を引継いだため、「三井財閥(現三井グループ)の礎を築いた企業である」とされることも多いが、企業としての三越としてみるならば、三井の事業から呉服店部門のみを「合名会社三井呉服店」として分離したのが始まりである。

2003年(平成15年)9月1日に、当時の「株式会社三越」とその子会社である「株式会社名古屋三越」「株式会社千葉三越」「株式会社鹿児島三越」「株式会社福岡三越」の百貨店5社が新設合併し、新「株式会社三越」が設立された。

売上高営業利益率は、グループ連結で1.09%、百貨店事業単独で0.799%と百貨店業界の中でも不振が続いていたため、2008年9月に百貨店4店舗・小売店2店舗の閉鎖を発表し、店舗の整理を始めた。また、経営統合後の再編方針により、2010年4月1日付で関東以外の店舗を分離した。

残った店舗については、2011年4月1日に伊勢丹と合併して発足した(存続会社は三越)「株式会社三越伊勢丹」の運営となった。また、同日には、札幌丸井今井札幌三越の両社も統合し(存続会社は札幌丸井今井)、「株式会社札幌丸井三越」が発足している。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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