印刷
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左上から順に: 紀元前1800年ごろのバビロニア円筒印章、インドの捺染用木版印刷ブロック、李氏朝鮮活字活版印刷機、 リトグラフ印刷機、オフセット印刷機 、ライノタイプデジタル印刷機、3Dプリンタ

印刷(いんさつ、: printing)とは、インキにより、などの媒体に文字や絵、写真などの画像を再現することを指し、印刷された物を印刷物という。

現代では2次元の媒体に限らず、車体など3次元の曲面に直接印刷する技術も多数開発されている。印刷がカバーする範囲は極めて広く、気体以外の全ての物体に対して可能であるとされている(ゲル状の物体にすら印刷が可能な技術がある)。
目次

1 歴史

2 黎明期

2.1 活版印刷の発明

2.2 近代における印刷技術の改良

2.3 日本


3 プレスとプリント

4 版式による分類

4.1 有版式

4.1.1 凸版

4.1.1.1 線画凸版

4.1.1.2 写真版

4.1.1.3 鉛版


4.1.2 凹版

4.1.3 平版

4.1.4 孔版


4.2 無版式


5 写真印刷

5.1 網点

5.2 凹版


6 印刷方法の比較

7 主要印刷会社

8 主要印刷機械メーカー

9 活版印刷発明の影響

10 関連項目

11 参考文献

12 29.古い印刷物

歴史「記録技術の年表」および「活版印刷#歴史」も参照
黎明期

印刷技術が発明されたのは、東アジアであると考えられている。2世紀頃に中国で紙が発明され、7世紀から8世紀頃には木版印刷が行われていたといわれる[1]。この木版印刷は朝鮮半島および日本にも伝来し、764年から770年にかけて現存する印刷物で製作年代がはっきりと判明しているものとしては世界最古のものである、日本の「百万塔陀羅尼」が印刷された[2]北宋に入ると木版印刷は広く普及し、多くの本が印刷されるようになった。また1041年ごろには畢昇陶器による活字を発明した。この活字は朝鮮へと伝わり、金属活字による印刷が13?14世紀高麗でおこなわれている。ただし中国や日本においては文字数が膨大なものにのぼったこと、そして何よりも木版は版を長く保存しておけるのに対し、活版は印刷が終わればすぐに版を崩してしまうため再版のコストが非常に高くついたことから活字はそれほど普及せず[3]、19世紀半ば以降にヨーロッパから再び金属活字が流入するまでは木版印刷が主流を占め続けていた。この木版印刷の技術はシルクロードを西進してヨーロッパにももたらされたが、その当時は本の複製はもっぱら写本が一般的であった。14世紀から15世紀ごろには、エッチングの技法がヨーロッパにおいて広がり、銅版印刷の技術が新たに生まれた。銅版は繊細な表現が可能であることから主に文字ではなく絵画の印刷に使用され、銅板による版画(銅版画)はルネサンス期以降広く使用されるようになった。
活版印刷の発明 グーテンベルク印刷機のレプリカ。スペインバレンシアの博物館所蔵

印刷に一大転機をもたらしたのが、1450年頃のヨハネス・グーテンベルクによる金属活字を用いた活版印刷技術の発明である。グーテンベルクは金属活字だけでなく、油性インキ印刷機、活字の鋳造装置などを次々と開発し[4]、これらを組み合わせて大量に印刷ができるシステムを構築して、印刷という産業が成り立つ基盤を整えた。さらにそれまで使用されていた羊皮紙よりもはるかに印刷に適していた紙を印刷用紙に使用した。こうしたことからそれまでとは比べ物にならないほど書物が簡単に生産できるようになり、印刷が急速に広まった。その伝播速度は非常に早く、発明から20年ほどたった1470年までには、発明されたドイツのマインツのみならず、ライン川流域やパリ北イタリアローマにすでに印刷所が設立され、それからさらに10年後の1480年までにはイングランドフランス全域・アラゴンネーデルラント・北ドイツ、さらにはチェコポーランドハンガリーにいたるヨーロッパの広い地域で活版印刷所が設立されていた[5]。グーテンベルクの発明から1500年以前までに印刷された書物はインキュナブラ(揺籃期本、初期刊本)と呼ばれ、どれも貴重書であるため莫大な古書価がつくこともままある。当時の印刷物は、聖書を始めとする宗教書が半数近くを占めており、活版印刷による聖書の普及は、マルティン・ルターらによる宗教改革につながっていく。ただし当時の印刷物の増大は宗教書に限らず、学術や実用書などあらゆる分野の印刷物が激増した。
近代における印刷技術の改良

その後、欧米においては長らく活版による文字、凹版による絵画、挿絵の印刷が行われた。活版印刷は熟練の植字工が必要であり、いまだ大量の印刷物を素早く印刷するというわけにはいかなかった。1642年にはドイツのルートヴィヒ・フォン・ジーゲンがメゾチントを発明した。18世紀初頭にはスコットランドのウィリアム・ゲドが鉛版を考案した。これは組みあがった活字に可塑性のあるものをかぶせて雌型を作り、それにを注いで印刷用の板を再作成する方法で、組みあがった活字の再作成が容易になり、再版のコストを大きく下げた[6]。こうした鉛版には当初粘土、次いで石膏が使われていたが、19世紀前半にフランスのジュヌーが紙を使って紙型を作成することを考案し、以後この方法が主流となった。1798年にドイツのセネフェルダーが石版印刷(リトグラフ)を発明。これが平版印刷の始めとなる。1800年にはイギリスのチャールズ・スタンホープ(スタナップ)が鉄製の印刷機を発明し、それまでの木製のグーテンベルク印刷機にとってかわった。1811年にはドイツのフリードリヒ・ケーニヒが蒸気式の印刷機を開発し、印刷能力は大幅に向上した。

手動蒸気式
グーテンベルク型印刷機
1600年ごろスタンホープ印刷機
1800年ごろケーニヒ印刷機
1812年ケーニヒ印刷機
1813年ケーニヒ印刷機
1814年ケーニヒ印刷機
1818年
1時間当たりの印刷枚数200 [7]480 [8]800 [9]1,100 [10]2,000 [11]2,400 [12]

1851年には輪転印刷機が発明された[13]。こうした機械化によって、印刷物はより速く大量生産でき安価なものとなった。1884年にはオットマー・マーゲンターラーライノタイプと呼ばれる鋳植機を発明し、これによって印刷工が一行ごとにまるごと活字を鋳造できるようになったことで印刷はより効率化した[14]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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