前川清
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前川 清
基本情報
出生名前川清
出生1948年8月19日(61歳)
血液型O型
学歴長崎南山高等学校中退
出身地 日本, 長崎県佐世保市
ジャンルムード歌謡
演歌
歌謡曲
バラード
職業歌手
タレント
担当楽器
活動期間1968年 - 現在
レーベルポニーキャニオン
1987年 - 1996年
BMGビクター
1996年 - 1999年
ガウスエンタテインメント
1999年 - 2002年
テイチクエンタテインメント2002年 - 現在)
事務所ワクイ音楽事務所・前川企画
共同作業者前川清&クール・ファイブ
公式サイト ⇒清にゾッコン!
 ・編・歴 

前川 清(まえかわ きよし、本名同じ、1948年8月19日 - )は演歌ムード歌謡バラード歌手である。長崎県佐世保市松山町出身。血液型はO型。長崎南山高等学校中退。長男は歌手の前川紘毅。 
目次

1 来歴・人物

1.1 若き日

1.2 歌手として

1.3 競走馬オーナーとして

1.4 クリスチャン


2 主なヒット曲

3 NHK紅白歌合戦出場履歴

4 出演映画

5 主な出演ドラマ

6 主な出演番組

7 外部リンク

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来歴・人物
若き日

1948年長崎県佐世保市出身。父は佐世保の米軍基地に船大工として勤務していたという。少年時代の前川清は野球が好きで、米軍基地で働く日本人職員の子弟を集めてチームを作っていたことがある。

米軍の佐世保基地の兵舎が流れてきたジャズに衝撃を受け、中学、高校とジャズに熱中する。ジャズ好きが高じて歌手への夢を抱くようになる。
歌手として

1968年、高校中退後セールスマンなどを経て、佐世保のキャバレーで歌っていたところを内山田洋に見出され、「内山田洋とクール・ファイブ」にリード・ヴォーカリストとして参加。

1969年2月5日、『長崎は今日も雨だった』でメジャーデビュー。同年の紅白歌合戦第20回NHK紅白歌合戦)に初出場。「噂の女」(1970年)、「そして、神戸」(1972年)、「中の島ブルース」(1975年)、「東京砂漠」(1976年)など、国民レベルのヒット・ナンバーを数多く世に残した。

クール・ファイブの一員だった時代の初期は、常に澄まし顔で斜に構え、殆ど喋らないと言う冷たい二枚目キャラクターだった。だが1970年代半ばに萩本欽一フジテレビ欽ちゃんのドンとやってみよう!」のレギュラーに起用。二枚目キャラの裏側に隠れていた大ボケな個性を引き出し、お笑いの才能も広く認められるようになった。なお前川は後に、初期のクールキャラも「欽ドン!」時代の朴訥な大ボケキャラも「演技だった」と告白している。

以降、歌手としてはもちろん「8時だョ!全員集合」「ドリフ大爆笑」や前述の「欽ドン!」といったバラエティ番組のコントでも活躍。「欽ドン!」では萩本欽一と“コント54号”を結成していた。近年では梅沢富美男とのコンビでテレビ(NHKBSふるさと皆様劇場」)や舞台でコントを見せていた。

1987年、クール・ファイブ脱退によりソロ活動を本格的に開始。大物歌謡シンガーとして、揺るぎない評価を獲得している。現在では珍しくなった直立不動の基本姿勢からなされる揺るぎのない発声と176cm(公式)という比較的長身、安定した節回しの底に潜む情熱的な表現力が持ち味。

1971年藤圭子と結婚したが翌年に離婚している。一時期アン・ルイスとのロマンスも噂された。「欽ドン!」出演時(1970年代後半)、萩本欽一が「会わせたい人がいる」と前川を一人置いて舞台からいなくなった後に、何の前触れもなく前妻の藤が登場したことがある。それまでボケキャラ(演技)で客席を沸かせていた前川だったが、いきなり藤と二人きりにされたため、真顔に戻って絶句してしまった。

若い時期は演歌歌謡曲だけではなく欧米のポップスロックも好きで、コンサート等でもよく歌っていた。また、当時のライブ盤に多数収録されている。ソロ活動では坂本龍一が作曲したソロデビュー曲「雪列車」や井上大輔が作曲した「フィクションのように」など、ポップス色を出した曲も歌うようになり、「花の時、愛の時」や「抱きしめて」などバラードの名曲も数多く歌っている。

1997年ニッポン放送福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル・魂のラジオ」にゲスト出演した際、前年の紅白歌合戦で歌い大きな反響があった「抱きしめて」にリクエストが殺到、この時同郷(長崎出身)の福山に曲制作を依頼、2002年発売の「ひまわり」でコラボレーションが実現した。なお、このCDのジャケット写真も福山が撮影している。結果、この曲はヒットして、同年の紅白歌合戦でその曲を披露している。

マイクを片手に、一本立ちで歌う姿が特徴的であるが、Mr.Children桜井和寿は、「一本立ちであれだけの表現力を持っているところは尊敬に値する」とラジオ番組で語っていた。後に、雑誌のアンケートでも「自分の書いた曲を歌ってほしい人」という質問に対し「前川清さん」と書いている。

2007年3月11日NHKのど自慢チャンピオン大会でゲスト歌唱の際、司会の宮本隆治が「氷川きよしさんで『一剣』、前川清さんで『せめて今夜だけは』」と言うところを「前川清さんで『一剣』、氷川きよしさんで『せめて今夜だけは』」と言い間違えたことを逆手に取り、「せめて今夜だけは」を歌い終えると「氷川きよしでした!」と言って笑いをとった。この手のネタは2005年の紅白歌合戦でも司会の山本耕史が前川を「山川、あっごめんなさい。前川清さんです」と言った際にも見せている。

自身の持ち馬であるコイウタ2007年ヴィクトリアマイルを優勝したこと及び、2006年紅白歌合戦にクール・ファイブを再結成して出場したことが契機となり、その後クールファイブのメンバーと共に20年ぶりにレコーディングを行い、「前川清&クール・ファイブ」として新曲を出すこととなった。そのタイトルは『恋唄?2007?』である。以降、「NHK歌謡コンサート」などにも"前川清&クールファイブ"として度々出演し、ソロ活動と平行しながら、クール・ファイブの一員としても活動を再開している。

2008年8月、60歳を前に小学3年生の頃から悩まされていたという変形性股関節症の手術を受けたことを明らかにした(8月5日に施術)。

2009年には子役の加藤清史郎が出演するCMであるトヨタ自動車こども店長」CMオリジナル曲「こども店長のうた」を歌唱。

レコード会社はクール・ファイブを脱退以後、ポニーキャニオン(1987年?1996年)、BMGビクター(1996年?1999年)、ガウスエンタテインメント(現:徳間ジャパンコミュニケーションズ)(1999年?2002年)を経て、2002年からはテイチクエンタテインメントに所属。
競走馬オーナーとして

前川清はまた、競馬好きであり、自身も競走馬オーナーとしても知られており、勝負服は、緑,桃縦縞,緑袖である。中央競馬JRA)の所有馬は以下の通り

コイウタ

前川企画名義、名前の由来は母馬の名前(ヴァイオレットラブ)と自身のヒット曲「恋唄」

2006年デイリー杯クイーンカップ(G3)を勝ち、同年の桜花賞(G1)でも三着に入った。そして、コイウタは2007年5月13日ヴィクトリアマイルを制し2007年度のJRA賞最優秀4歳以上牝馬に選出。このことにより、前川清は芸能人馬主としてはグレード制施行後初のGI級(JpnI)レース優勝を飾った。尚、グレード制施行前のGI級レース優勝を含めると高峰三枝子スウヰイスー1952年 桜花賞優駿牝馬)以来二人目になる。

前川本人は競馬場で観戦すると所有馬が勝てないと言うジンクスから、「ゲンを担いで」北海道にある知人の牧場を訪問していて競馬場にはおらず、テレビ中継でレースを観戦していた。同馬の優勝の瞬間に興奮のあまり手でを叩き、突き指してしまったと言う。なお、レースの表彰式には馬主代理として前川の長女が出席した。この後、前川は急遽帰京し、当日夜の関係者による祝勝会に出席し「(嬉しさで)立ちくらみがした。こんな経験は初めてです」と喜びの大きさを語った。


ケイティーボーン

前川個人名義、1986年ステイヤーズステークス三着。


ヒゼンホクショー

前川企画名義、2002年東京オータムジャンプ一着。


クリスチャン

敬虔なカトリッククリスチャンで、洗礼名「セバスチャン」を持っている。進学した高校もカトリック系。コンサートなどで時折話のネタに使うことがある。

自宅の近所にある教会のパーティに「同じクリスチャンだから」とノーギャラで出演を快諾したこともある。また母親は前川の離婚・再婚問題で時の教皇パウロ6世に直談判したことがある。
主なヒット曲

長崎は今日も雨だった(1969.2.5発売)

逢わずに愛して(1969.12.5発売)

愛の旅路を(1970.4.5発売)

噂の女(1970.7.5発売)

愛のいたずら(1970.10.5発売)

すべてを愛して(1970.12発売)

港の別れ唄(1971.7.25発売)

この愛に生きて(1972.3.15発売)

恋唄(1972.7.25発売)

そして、神戸(1972.11.15発売)

北ホテル(1975.4.25発売)

中の島ブルース(1975.8.5発売)

気まぐれ雨(1976.2発売)

東京砂漠(1976.5.10発売)

西海ブルース(1977.2.5発売)

思い切り橋(1977.9発売)

さようならの彼方へ(1978.5.25発売)

昔があるから(1978.12.10発売)

Last Song(1980.3.21発売)

魅惑・シェイプアップ(1980.9.25発売)

雪列車(1982.10.21発売) ソロ第一作

恋さぐり夢さぐり(1984.8.21発売)

花の時・愛の時(1987.2.21発売) クールファイブ独立第一弾

涙(1988.2.21発売) 
中島みゆき作詞・作曲。中島も同年発売のアルバム『グッバイガール』でセルフカバーしている。

愛がほしい(1988.10.21発売)

男と女の破片(1991.7.21発売)

夢一秒(1992.6.19発売)

別れ曲でも唄って(1993.5.21発売)

終着駅長崎(1995.7.21発売) さだまさし作詞・作曲。

抱きしめて(1996.4.24発売)

明日に(1999.7.23発売)

ひまわり(2002.6.5発売) 福山雅治作詞・作曲。

NHK紅白歌合戦出場履歴

回出場回年曲目備考
1
第42回1991年そして、神戸ソロとして紅白初出場。
2第43回1992年男と女の破片
3第44回1993年別れ曲でも唄って
4第45回1994年恋するお店
5第46回1995年そして、神戸同年1月の阪神・淡路大震災追悼の意味も込めて歌唱、瞬間最高視聴率を獲得。
6第47回1996年抱きしめて
7第48回1997年薔薇のオルゴールTOKIOマジックを披露。
8第49回1998年神戸梅沢富美男女形を披露。
9第50回1999年東京砂漠
10第51回2000年長崎は今日も雨だった細川たかし鳥羽一郎吉幾三山本譲二DA PUMPがバックコーラスを担当。
11第52回2001年大阪
12第53回2002年ひまわりRAG FAIRがバックコーラスを担当。
13第54回2003年東京砂漠


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担当:Momi