利根川
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はげ山のこと)地、滑落崖地の増大といった山地の荒廃が進んでおり、利根川水系では谷川岳周辺、男体山・赤城山・足尾、浅間・草津白根一帯が「重荒廃地域」[注 25]に、日光・上信越、多野・秩父地域が「一般荒廃地域」[注 26]として国土交通省砂防部より指定されている[183]

利根川流域の土砂災害で顕著なものとしては1783年(天明3年)の浅間山大噴火による吾妻川火山泥流災害(死者1,500人以上)、1910年の明治43年8月洪水による吾妻川・烏川流域の土石流災害(死者212人)、1935年(昭和10年)9月の烏川土石流災害(死者51人)、カスリーン台風による赤城山土石流災害(死者420人)が挙げられる[184]。また渡良瀬川流域では足尾銅山から排出される亜硫酸ガスによる煙害や鉱石巻上げの動力源として薪炭を使用するための森林乱伐、さらに1887年(明治20年)4月8日の松木大火[注 27]によって源流部は草木が全く生育しない禿しょ地になっていた。このため洪水による土砂被害は著しく現在の渡良瀬遊水地付近にあった赤麻沼は堆砂が激しくなった[185]。日光の大谷川流域では稲荷川を中心とした男体山系の崩壊が著しく、1902年(明治35年)には足尾台風による大谷川・稲荷川の土砂災害や洪水で死者156人を出し、日光東照宮の神橋が流失した。以後も大雨による土砂災害が反復して襲ったほか[186]1949年(昭和24年)12月には直下型今市地震が発生し思川上流域で425箇所におよぶ土砂崩落が発生した[187]。そして鬼怒川上流部では現在の五十里ダム上流部に当たる海尻付近で1683年天和3年)10月20日に発生した南会津地震[注 28]により、男鹿川右岸の葛老山が380万m3に及ぶ量の地滑りを起こし、高さ70mの天然ダムが誕生。ダムは40年にわたり男鹿川を堰き止めその総貯水容量は6400万m3と現在の五十里ダムよりも大きい貯水池を形成し、付近の五十里集落が水没する被害を出したほか1723年(享保8年)9月9日集中豪雨によってダムが決壊、現在の宇都宮市にまで濁流が押し寄せる被害を与えている[151]

こうした土砂災害を防ぐべく、明治時代より国主導による砂防事業が利根川流域でも実施された。記録上では1882年(明治12年)に内務省土木寮利根川出張所が榛名山で行ったのが初出だが、1897年(明治30年)3月砂防法が施行されると本格的な事業となった。その端緒となったのが栃木県営で実施された日光の稲荷川砂防事業が1899年(明治32年)より3年間継続実施され、巨石積の砂防ダムが建設されている。しかし1902年(明治35年)の台風で砂防ダムはことごとく破壊され、日露戦争もあって中断を余儀なくされた[188]1919年(大正8年)には同じ稲荷川で利根川水系初となるコンクリート製の砂防ダム、稲荷川第二砂防ダムが建設された[189]。また1937年(昭和12年)には日向砂防ダムが完成するが、戦後2度にわたるかさ上げを行い高さ46m、計画貯砂量150万m3の巨大砂防ダムとなった。また大谷川本流には床固工54基に及ぶ大谷川中流流路工を1971年(昭和46年)に建設。蛇行した流路の直線化も行い大谷川下流の土砂災害を防いでいる。さらに男体山には大薙山腹工を建設し男体山東南斜面の地滑りを防ぐ工事を行っている[190]

足尾銅山周辺の渡良瀬川上流域では足尾鉱毒事件の社会問題化もあり政府は古河鉱業に対し鉱毒予防命令を出し、1897年(明治30年)から9ヵ年にわたる土砂災害防止対策を行わせた[191]。しかし植林は全て失敗し禿しょ地は改善されない傾向が続き根本的な砂防対策が求められ、1936年(昭和11年)足尾砂防ダム計画が立案された。高さ37m、計画貯砂量500万m3という日本最大級の砂防ダム計画は1950年(昭和25年)に着工され、1967年(昭和42年)に完成する[192]。この他烏川、神流川、片品川、赤城山渓流などで国土交通省や流域自治体による砂防事業が継続的に実施されている。これにより大規模な土砂災害は減少したものの、足尾銅山の煙害などによる渡良瀬川上流の植生は未だ完全な回復を見ていない。
水質

利根川水系の水質は、河川と湖沼で傾向に違いが見られている。また吾妻川といった自然由来の水質汚染もかつては問題とされていた。以下水質の動向について河川と湖沼を分けて詳述する。
河川の水質吾妻川中和事業についての詳細は品木ダムを参照。

利根川水系の河川における水質について、利根川本流は久喜市栗橋における計測で2009年(平成21年)の平均値で生物化学的酸素要求量 (BOD) が1.3mg/lとおおむね良好な水質が保たれている[193]。主要な支流では烏川、渡良瀬川、鬼怒川、小貝川、江戸川では利根川同様水質はおおむね良好な数値を維持しているが、都市部を流れる支流については水質が良いとは言いがたい。

利根川水系主要河川のBOD値 (mg/l) [193]河川観測地点BOD河川観測地点BOD河川観測地点BOD河川観測地点BOD
利根川上流群馬大橋0.9神流川神流川橋0.8鬼怒川中流川島橋0.7利根運河合流部8.7
利根川中流久喜市栗橋1.3渡良瀬川中流渡良瀬大橋1.7鬼怒川下流豊水橋1.2江戸川新葛飾橋1.7
利根川下流銚子大橋1.6渡良瀬川下流渡良瀬貯水池3.8小貝川文巻橋1.9中川飯塚橋3.4
烏川高崎市岩鼻1.6鬼怒川上流日光市川治0.7手賀川手賀沼水門5.2綾瀬川手代橋3.7
綾瀬川。往時より水質は改善したが未だ「日本一汚い川」の汚名を背負う。

特に中川と支流の綾瀬川については高度経済成長に伴う流域の都市化で、生活排水が流入。下水道整備も未熟だったこともあって急速に水質汚濁が進行した。両河川のBOD平均値は1989年(平成元年)時点において中川は7.3mg/l、綾瀬川に至っては17.8mg/lと「ドブ川」の体であり国土交通省が毎年発表する一級河川の水質現況においてワーストランキングで綾瀬川は1980年(昭和55年)から実に15年間「日本一汚い川」に名を連ねる不名誉な状況が継続していた[194]。このため埼玉県などの流域自治体において中川・綾瀬川浄化のための諸施策を講じた結果水質は著しく改善。2009年段階のBOD平均値は中川で3.0mg/l、綾瀬川で3.8mg/lと水質改善度は最も高かった。しかしワーストランキングからの脱却は果たせず、日本の主要な国土交通省管理(指定区間外)の一級河川165河川中で綾瀬川は日本一、中川は日本第2位の汚い川に位置している[195][注 29]

利根川水系全体を俯瞰した場合、BOD平均値が最も低い「清流」は神流川である[193]。一方最も汚染が激しいのは足利市を流れる渡良瀬川の支流、松田川の下流部でBOD平均値は15.0mg/lと都道府県管理(指定区間)を含む一級河川の中では日本一の汚染度であり、江戸川支流の真間川に注ぐ春木川 (10mg/l) と国分川 (9.2mg/l) はそれぞれワースト3位と4位の汚染度となっている[196]。なお、足尾鉱毒事件による重金属汚染が問題化した渡良瀬川については現在も継続的な水質調査が実施され、特に首都圏の水がめである草木ダムについては管理者の水資源機構が灌漑期(夏季)には毎日、非灌漑期(冬季)には毎週厳重な水質監視を続けている[197]。銅、砒素などを始めとする人体に影響を与える可能性のある化学物質については、銚子市を流れる高田川が化学肥料などの影響で硝酸性窒素の値が環境基準値を超過した以外は利根川水系で問題となる指標は検出されていない[196]。しかし2011年(平成23年)の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故による放射性物質の拡散で江戸川から取水している金町浄水場などから放射性ヨウ素が乳児摂取許容量を一時超過[198]、さらに印旛郡栄町の利根川河川敷においてセシウムが基準値を上回る計測値が検出されている[199] 品木ダム(左)と上州湯の湖(湯川)。中和事業の要であり湖内で中和が促進される。

一方自然環境が原因の水質汚染も存在した。群馬県を流れる利根川の支流・吾妻川は流域に草津温泉万座温泉や硫黄鉱山が存在し、この一帯を水源に持つ万座川や白砂川といった吾妻川支流は河水の酸性度が高かった。特に白砂川支流の湯川は草津白根山を水源とすることからpHは平均1.8と希塩酸希硫酸並の酸性度であった[200]


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