利根川
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黒部川黒部川総合開発--1,060千葉県1989[注 21]
高田川白石貯水池第4類アース19.51,190銚子市1958
房総導水路(真亀川)(十文字川)東金ダムアース28.32,300水資源機構1995
房総導水路(村田川)(村田川)長柄ダムアース52.010,000水資源機構1993

遊水池・水門利根川水系最大級の水門常陸川水門常陸利根川)。霞ヶ浦を堰き止めダム化することで首都圏の水需要を賄う。

利根川水系における遊水池としては1919年(大正8年)完成の渡良瀬遊水地(渡良瀬川)が最初である。完成当時の渡良瀬遊水地は自然調節型の遊水池であったが、利根川改修増補計画で洪水調節池として改修が始まり、現在の第一・第二・第三調節池に拡張が完了したのは1997年と約80年にわたる事業であった。利根川本流には増補計画により田中調節池と菅生調節池という2つの遊水池が完成し、現在は稲戸井調節池が拡張事業を行っている。また小貝川は流域が平地主体でダム建設の適地がなく、洪水調節施設は存在しなかったが1986年(昭和61年)の水害で茨城県下館市(現・筑西市)などが浸水被害を受けたため、1990年に流域初となる洪水調節施設・母子島(はこじま)遊水池が建設された[152]。利根川水系には大規模な遊水池が建設中のものを含めて5箇所存在し、一級水系では随一である。

一方水門は明治時代以降の利根川改修計画において、利根川本流の洪水が支流や湖沼に逆流するのを防止するため建設されたものが多いが、当時は水運が盛んだったこともあり通行を妨げないための閘門も多く備えられていた。現存する日本最古の閘門・見沼通船堀閘門や国の重要文化財に指定されている横利根閘門(横利根川)といった土木史的に貴重なものもある。戦後は河川総合開発の観点で常陸川水門(常陸利根川)といった湖沼の水位を調整し治水のほか利水にも役立てる多目的の水門が建設されている。

利根川水系の遊水池・主要な水門[153][154][155][156][157][158]
高さはm、総貯水容量は1,000m3。黄色欄は施工中の事業である。本流
一次支流
二次支流三次支流河川施設型式高さ総貯水容量事業者完成年備考
利根川田中調節池遊水池10.168,200国土交通省1965
利根川稲戸井調節池遊水池11.119,100国土交通省未定
利根川菅生調節池遊水池12.126,900国土交通省1960
渡良瀬川渡良瀬遊水地遊水池-171,800国土交通省19191997年全事業完成
江戸川関宿水閘門水門--国土交通省1927
江戸川旧江戸川江戸川水閘門水門--国土交通省1943
小貝川母子島遊水池遊水池-5,000国土交通省1990
小貝川谷田川(牛久沼)牛久沼水門水門-14,000国土交通省19531978年改築[注 22]
手賀川手賀沼)手賀沼水門水門-5,600農林水産省1967
長門川(印旛沼)印旛水門水門-19,700国土交通省19221964年改築
横利根川横利根閘門水門--関東建設弘済会1921国の重要文化財
常陸利根川霞ヶ浦常陸川水門水門-1,253,000国土交通省1968
黒部川黒部川水門水門--水資源機構1970

放水路・分水路首都圏外郭放水路の調圧水槽。

利根川は江戸時代の利根川東遷事業以降河川の付替えが活発に実施されたが、河水を安全に流下させたり、平野部を流れる支流や分流の内水氾濫を防ぐ目的で放水路や分水路の建設も積極的に実施された。1920年に江戸川放水路が開削されたのを皮切りに、主に江戸川・中川流域を中心にした放水路の建設が進められた。

特に中川については平地主体でありダム建設の適地がないこと、下流に比べ上流域の流域面積が広く洪水の際には東京都内を中心に浸水被害の危険性が高く、カスリーン台風や狩野川台風(1958年)で大きな被害を受けていることもあり放水路による治水対策が堤防建設と共に図られた。1933年に東京都と埼玉県が中川・綾瀬川・芝川三川総合改修増補計画に基づいて中川、綾瀬川、芝川(荒川水系)に放水路を建設する計画を立て、戦争による中断を挟み1962年に中川と芝川の事業を完成させた。この時に開削されたのが中川と旧江戸川を繋ぐ新中川放水路(新中川)である[159]。その後も内水氾濫防止を目的に中川と江戸川を連結する放水路整備が進められ、三郷・幸手・綾瀬川放水路さらには世界最大級の地下河川である首都圏外郭放水路が建設されており、中川流域には5本の放水路が存在している。また利根川水系の各支流に合流する中小河川において、各自治体による河川改修による放水路が建設されている。

一方利根川本流に計画されている利根川放水路は1938年の利根川改修増補計画で我孫子市から印旛沼を経由し検見川を結ぶ昭和放水路計画として初登場し、以後利根川改訂改修計画・利根特定地域総合開発計画でも採用されたが莫大な事業費と流域の都市化による補償問題の難航が予想されることで手付かずとなり、長らく「幻の計画」であった。この間印旛沼の治水を目的に印旛放水路が建設されているが、利根川水系河川整備基本方針によって長門川・印旛放水路を拡幅し、印旛沼を洪水調節池に利用する形で利根川下流の治水を図る新放水路計画として再度事業化の方向性が示されている[126]。なお、霞ヶ浦から与田浦・外浪逆浦を経由して鹿島灘へ洪水を放流する霞ヶ浦放水路計画が増補計画や改訂改修計画で立案されたが、河口の維持や財政確保の困難さにより計画は中止され、常陸利根川の河道拡幅が代替事業として実施されている[160]

利根川水系の主な放水路・分水路[126][161][162][163][164][165]


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