利根川
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民俗手賀沼の河童像。戸ヶ崎香取神社(三郷市)の三匹獅子舞。毎年7月に行われる。

利根川流域の民俗は、当然ながら水に関するものが多い。古くより暴れ川として洪水の被害を多くもたらした利根川の流域住民は、自己防衛として水塚と呼ばれる洪水を避けるための家屋を建てている。この家屋は利根川中流部の群馬県館林市・邑楽郡、栃木県足利市・栃木市、茨城県古河市、埼玉県加須市に集中して築造された[238]。水塚は納屋母屋よりも高い位置に造られ、『板倉町史』によれば概ね3 - 5mの盛土上に建てられている。これは谷田川堤防の高さとほぼ同一であり、非常用の備蓄食糧や農作業に必要な農具などを格納し洪水時には仏壇を避難させた[239]。また揚舟と呼ばれる小舟を軒下に吊るし、非常時には物資輸送や避難民救助に使用した。この水塚は木曽川水屋と同様の水防システムであり、加須市を中心に輪中も存在していた[240]。これらはカスリーン台風の際にも有効に機能している。

水害より流域を守るため水神に捧げる人身御供も行われていた。一例として埼玉県幸手市には「順禮(じゅんれい)供養塔」が建立されているが、これは利根川の洪水で堤防決壊寸前の所に偶然通りかかった母子連れの巡礼者が人柱として自ら川に入水し、洪水と堤防決壊を抑えた。このため住民がこの母子を供養し水防の守護神として祀るために建立したという伝承である[241]。利根川上流域や鬼怒川下流域では「川の流れは3流れれば水神様が清める」という信仰が伝わっており、湧水や沢、堰付近に水神を祀る水神宮が存在し、正月には供物を捧げたほか群馬県利根郡では「お茶祭り」という祭礼も行われた。弘法大師・空海の伝説も各所に残り、「弘法清水」・「弘法井戸」と呼ばれる湧水や井戸が利根川流域にも広く分布している[242]。群馬県邑楽郡板倉町にある雷電神社はを呼んで雨乞いをする習慣の中で、雷神を祀っている[243]

水神信仰に関連して河童の伝説も利根川流域には伝わる。河童は利根川が流域の農業・漁業資源をもたらすことからその恩恵対象として信仰される一方で、洪水という災害を招く意味での妖怪という両面の意味で表現されている。流域に伝わる伝承の多くは人間に悪戯を働くため住民に捕らえられ、謝罪する際のお詫びとして農作業の手伝いをしたり河童秘伝の薬法を伝授するという内容であり、河童の薬法を基にした家伝薬が伝わっているという。また『望海毎談』という書物には「子っこ」という河童が居て、毎年その居を変えるが河童が居るところには災いが多いと記している[244]。牛久沼にも河童の伝説は多く、牛久沼畔で暮らした日本画家の小川芋銭は1938年に『河童百図』という河童の画集を発表している。

利根川流域に伝わる民俗芸能は自然を背景として農業を主とした生産活動に深く関連する。最も多く分布するのが獅子舞で、三匹一組の三匹獅子舞が大きな特徴である。悪霊退散の祈願や収穫感謝の祝いとして上流部・中流部を中心に多く行われ、埼玉県は日本一の獅子舞王国とされている。発展形として獅子の代わりに水神であるを用い龍頭舞とする地域もある。年頭には御歩射(おびしゃ)というで的を射てその年の豊作凶作を占う神事が千葉・茨城県境の利根川下流部一帯で行われていたほか、村祭りでは神楽や囃子が行われた。また農作業や織物、さらには堤防建設の際に歌われる「作業歌」も民俗芸能として伝わっている[245]
関連する人物

源頼朝 - 鎌倉幕府初代将軍。為政者として初めて利根川の堤防整備を行う。

北条氏政 - 後北条氏第四代当主。関宿城を獲得し利根川の水運を掌握。権現堂堤を建設する。

松平忠吉 - 徳川家康四男。武蔵国忍城主時代に利根川東遷事業の端緒である会の川締切を行う。

榊原康政 - 徳川家康家臣で徳川四天王の一人。利根川本流の本格的な堤防となる文禄堤を建設する。

伊奈忠次 - 徳川家康家臣。備前渠用水を始め利根川の治水・利水事業に深く関わる。忠次以降12代伊奈忠尊まで続く関東郡代・伊奈氏の初代。

井沢為永 - 通称弥惣兵衛。享保の改革で徳川吉宗により勘定吟味役に取り立てられ、見沼代用水を建設する。

田沼意次 - 江戸幕府老中。印旛沼の干拓と放水路事業を計画し実行に移すが、反対派により失脚。

水野忠邦 - 江戸幕府老中。天保の改革において印旛沼干拓と放水路事業を計画するが、反対派により失脚。

ローウェンホルスト・ムルデル - 近代利根川治水事業の創始者。利根川の計画高水流量を初めて算出。利根運河建設の総指揮を執る。

大須賀庸之助 - 衆議院議員。利根川治水事業に尽力するも、故郷の香取郡を分割する千葉・茨城両県の県境変更計画に反対する。

田中正造 - 衆議院議員。足尾鉱毒事件を告発。渡良瀬遊水地建設に反対する。

徳田球一 - 衆議院議員・日本共産党書記長。『利根川水系の綜合改革』を著し利根川総合開発の私案を発表。房総導水路・武蔵水路構想を最初に発案。

松永安左エ門 - 東邦電力社長・産業計画会議議長。「電力の鬼」と呼ばれた実業家。日本最大の多目的ダム計画・沼田ダム計画を立案。

前原誠司 - 衆議院議員。鳩山由紀夫内閣の国土交通大臣時代に八ッ場ダム事業中止を決断するが、流域自治体・水没予定地住民の反発を招く。

利根川を由来とする名称

TONE - 同社の社名及び工具ブランド「TONE(トネ)」はこの川が名称の由来となっている。

日本の軍艦自衛艦で3代に渡り使用されている名称でもある。

利根 (防護巡洋艦) - 帝国海軍の防護巡洋艦。1910年就役。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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