利根川
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先史時代

先史時代の利根川の中下流(熊谷市付近で荒川との合流後)は約5000年前頃までは南に向かい現在の荒川の流路を通り、縄文海進時には川越市近辺まで湾入した東京湾へ注いだ(なお渡良瀬川の河道に対しては板倉町近辺まで湾入した)[66]。3000年前頃からは関東造盆地運動などの影響で館林市から桶川市までつながっていた台地を幾筋か堀割るように削りながら流路を次第に東の加須市・渡良瀬川下流流域方向へ変えた。中世には利根川下流は現在の大落古利根川の流路を通るようになり、渡良瀬川(太日川)と合流もしくは並行し南流して東京湾へ注いだ。なお荒川は次第に利根川と並行した河道をとり合流点を下流へ移動させ、現在の元荒川の流路となった。

利根川流域に人が住むようになったのは旧石器時代の頃と見られ、河岸段丘や台地の末端部に居を構えて狩猟生活を行っていたことが群馬県の岩宿遺跡などで確認されている[67]縄文時代の生活の痕跡は貝塚の分布によって示され、縄文前期には北は赤城山南麓・西麓や埼玉県さいたま市元荒川流域に多く分布しているが、後期に入ると海退の影響でより下流に生活範囲が広がり、現在の千葉県千葉市市川市松戸市などに縄文後期の貝塚が多く見られる。弥生時代に入り稲作文化が関東地方にも伝わると、利根川の肥沃な土壌が稲作文化を発達させ次第に定住生活へと移行した。

3世紀後半の古墳時代に入ると現在の栃木県・群馬県両域に当たる毛野地方を中心に前方後円墳が多く造られ、埼玉県のさきたま古墳群を含め利根川流域に強力な勢力が存在していたことが推定されている[68]。しかし当時は治水という概念は存在せず、肥沃な土壌をもたらす利根川は定住は始めた住民に洪水によって大きな被害ももたらしていた。
中世以前中世の利根川流路は、荒川を合流させ東京湾に注ぐ流路であった。渡良瀬川鬼怒川は独立した水系である。1590年天正18年)の小田原征伐において忍城水攻めのために石田三成が築いた石田堤(埼玉県行田市)。

江戸時代よりも前の利根川は、現在のように銚子市で太平洋に注ぐ形態を取っていなかった。当時は埼玉県羽生市上川俣で東と南の二股に分かれた後、南への分流(会の川)は南東に流路を取り、加須市川口で合流後再び本流となり現在の大落古利根川の流路をたどり荒川(現在の元荒川)などを合わせ、江戸湾(東京湾)へと注いだ。また当時「太日川」という名称であった渡良瀬川は独立した河川として、現在の江戸川の流路を取りながら利根川と並走するように江戸湾へ流れた。鬼怒川は同じく独立した河川として小貝川を併せ、香取海に注ぐ形態だった。利根川の本流は1457年康正3年/長禄元年)に太田資長(道灌)が現在の埼玉県春日部市から草加市を経て江戸湾に注ぐ河川を本流に定めたとされている[69]。また上流部のうち前橋市付近では現在よりも東側、すなわち広瀬川の流路をたどり、現在の伊勢崎市付近で烏川と合流していたが1543年天文12年)[注 6]の洪水によって現在の流路が定まった[70]。このように複雑な流路を形成していた利根川は洪水により頻繁に流路が変わり、流域は度重なる水害に襲われていた。記録に残る最も古い洪水の記録は、奈良時代758年天平宝字2年)における鬼怒川の洪水で、「毛野(鬼怒)川氾濫して二千余頃[注 7]の良田を荒廃に帰せしめ・・・」と被害が記されている[71]

利根川流域において初めて治水事業が実施されたのは768年神護景雲2年)、鬼怒川筋での流路付け替えである[72]。一方利水については645年大化の改新後施行された班田収授法条里制が利根川流域にも実施されたのが初見であり、群馬県高崎市や太田市、茨城県南部、埼玉県北部にその遺構が確認されている[73]。中世利根川流域の河川開発に積極的だったのは鎌倉幕府で、将軍だった源頼朝1194年建久5年)には利根川では初となる堤防の建設を武蔵国で施工した。続いて1199年建久10年/正治元年)4月、頼朝は東国の地頭に対して農業用水を開発して開墾を行う命令を下した[74]。その後も幕府による利根川の開発は続けられ、1207年建永2年)3月幕府は北条時房に武蔵国の開発を命じている[74]。治水事業についても1232年寛喜4年/貞永元年)には執権北条泰時の命により現在の埼玉県熊谷市に柿沼堤が、1253年建長5年)には執権北条時頼の命により現在の茨城県猿島郡五霞町付近、下総国下河辺に堤防が築かれている[75]


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