列車便所
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この項目はその主題が日本に置かれた記述になっており、世界的観点からの説明がされていない可能性があります。ノートでの議論と記事の発展への協力をお願いします。(2007年6月)

列車便所(れっしゃべんじょ)は、鉄道車両の車内に設置される便所を指す用語である。

短距離向けの通勤用車両の一部を除いて、日本の旅客用鉄道車両の多くは車内に乗客用の便所を設置している。それらは車両内の限られた空間に設置される必要性から、通常の建築物に設置される便所とは多分に異なる性格を有し、独特の発達を遂げてきた。

日本の鉄道では、階段状の床板に填め込まれた和式両用便器か、もしくは洋式便器を設置するのが普通で、室内片隅には小型の手洗器が設置されている。また特急列車などの優等列車に設置される列車便所は、多くの場合隣接する形で洗面所室が設けられている。キハ54形の便所FRPで構成されユニット化された新幹線0系電車の化粧室


目次

1 初期の歴史

2 列車式便所

3 列車便所の付帯設備

3.1 水洗装置

3.2 便所使用知らせ燈と戸錠

3.3 便所窓


4 汚物処理の改善

4.1 垂れ流しによる黄害

4.2 貯留式汚物処理装置

4.3 汚物処理方式の展開

4.4 汚物処理装置の完全整備

4.5 バイオトイレ


5 日本の列車便所の現状

6 補足

7 脚注

8 参考文献

9 関連項目

10 外部リンク


初期の歴史

鉄道草創期には列車への便所設置はなく、乗客は途中停車駅での休憩時間に慌ただしく用を済ませる必要があったが、鉄道網の延伸で19世紀中期には長距離の鉄道旅行が普通になり、欧米の鉄道では車内に便所を設けることが一般化した。

日本でも1872年の鉄道開業以来、しばらくの間は列車への便所設置はなかった。止むに止まれず窓から放尿したため10円という高額の罰金を取られたという逸話[1] が、しばしば品のない戯歌とともに伝えられている。

日本で列車の車両内に便所が設置されたのは、1876年に官設鉄道神戸工場で製作された形式AJ(後の1号御料車(初代))を嚆矢とする。他には1880年北海道の鉄道向けに貴賓車としてアメリカで製造された「開拓使号客車」の例もあるが、一般旅客向けの客車に便所が設置された最初は、山陽鉄道が1888年に英国から輸入した上等車であり[2]、官設鉄道では1889年東海道本線全線開通時である。

同年、政府高官の肥田浜五郎が、東海道線列車が藤枝駅に停車していた際に駅便所に行っていたせいで列車に乗り遅れかけ、これに飛び乗ろうとして線路に転落死したことが鉄道車両への便所設置のきっかけになったとする通説があるが[3]、実際にはこの事故以前から便所設置は計画されており、イギリスへの便所付客車の発注記録も残っている。東海道本線全線を直通する列車の運行に備えての措置である。1900年に施行された鉄道運輸規程の第32条に「三時間少クナクトモ一回五分以上停車セサル列車ニハ各客車ニ便所ノ備エアルコトヲ要ス」と規定され[4]、長距離を運行する客車はほとんどが便所付で新製されるようになる。

電車への便所設置の最初は、1922年に製造された鉄道省のサハ43550形である。この車両は、東海道線の小田原電化にともなって計画された初の長距離形電車であるデハ43200系の3等付随車であったが、1923年に発生した関東大震災により計画自体が中止され、製造済みの車両の便所も全く使用されることなく、すぐに撤去されてしまった。本格的に使用されたものとしては、1924年から南海鉄道(現在の南海電気鉄道)が大阪 - 和歌山間に運転した「電7系」(後の1001系)急行電車である。喫茶室食堂車)付の豪華車で、電車としては食堂・便所とも日本初の設置であった。鉄道省においては、1935年の横須賀線用32系電車(サロハ46形→サロハ66形、サハ48形)への改造取付が最初である。

気動車への便所設置は中国鉄道(現在のJR津山線)のガソリン動車であるキハニ120形・130形が最初で、1932年のことである。


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