三菱・コルト800
■暇つぶし何某■
□利用者大募集□

[Wikipedia|▼Menu]

コルト800 (COLT 800)は、三菱自動車工業の前身、三菱重工業が製造・販売していた乗用車

本稿では、改良型であるコルト1000F、コルト1100F、コルト11Fについても記述する。三菱コルト1100F/三菱オート・ギャラリー



目次

1 概要

2 解説

3 歴史

4 レース

5 参考文献

6 関連項目

//


概要

通産省の国民車構想により登場した三菱500、その後のコルト600の後継車で、当時ダイハツ・コンパーノマツダ・ファミリアを中心とした800ccの大衆車市場に参入するために、コルト600は200cc排気量をアップし、この系列では初めての水冷エンジン搭載車として、フルモデルチェンジを行い登場した。


解説

当時、国際的に流行した独特のファストバックスタイルは、当初テールゲートを持たなかったが、1967年末にハッチバック(3ドア)が、1968年初めには4ドアが追加設定された。エンジンは当初2サイクル水冷直列3気筒843cc、最高出45PS/4500rpm最大トルク8.4kgm/3000rpmの1種で、駆動方式もコルト600までのRRから一般的なFRに変更された。サスペンションも前輪はダブルウィシュボーンと横置きリーフスプリングで、後輪はリジッドアクスルとリーフスプリングとなった。

コルト800は、スズキ・フロンテ800とともに2ストロークエンジンを好むユーザーに人気があったが、4ストロークエンジンの優位性の前には勝ち目は無く、1966年9月に、コルト800のボディに上級モデルであるコルト1000KE43型4サイクル直列4気筒OHV997ccを移植した1000Fを追加した。最高出力55PS/6000rpm最大トルク7.5kgM/3800rpmで最高速度は135km/h。

1968年10月には、1100Fスーパースポーツ登場、直後に800の生産が打ち切られ、1000F/1100Fの2本立てとなり、1969年5月には1000が消滅し、1100Fのみとなり、名称も11Fに変更された。内外装の変更を最後に、同年10月、製造中止となり、コルトギャランへモデルチェンジされた。


歴史

1965年11月-通産省の国民車構想に対して三菱から発売された乗用車・三菱500、コルト600の後継車として登場。トヨタ・パブリカが700ccだったので対抗して排気量が800ccになった。当時としては、めずらしいファストバック型の2ドアセダンだった。

1966年9月:1000ccの1000Fを発売。

1967年8月:1000Fにハッチバックを加えた3ドアを発売。

1968年8月:マイナーチェンジが行われ、4ドアと1100ccの1100Fを追加。

1968年10月:スポーティバージョン1100Fスーパースポーツを追加。

1969年5月:マイナーチェンジで1100Fを11Fの名称に変更。

1969年10月:11Fスーパースポーツのみ11-SSに変更。


レース

コルト1000Fは三菱の国際ラリー車第1号としてサザンクロスラリーにも参戦した。


参考文献

『国産車100年の軌跡』?モーターファン別冊?三栄書房

『セピアカラーで綴る1960年代のクルマたち』-モーターマガジン社

『国産名車コレクションNo.42』?アシェット・コレクションズ・ジャパン


関連項目

三菱自動車工業

コルト

コルト600

コルト1000

ポータル 自動車 / プロジェクト 乗用車 / プロジェクト 自動車 / プロジェクト バス車種



自動車メーカー・ブランド

自動車の車種 - 自動車の車種名一覧


自動車の歴史

モータースポーツ


自動車画像

自動車関連のスタブ項目

カテゴリ: 三菱の車種

更新日時:2009年6月21日(日)04:30(日時は
取得日時:2009/07/07 06:58


■暇つぶし何某■
□利用者大募集□

[オプション/リンク一覧]
[英語版を参照]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:8437 Bytes
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Momi