コルト800 (COLT 800)は、三菱自動車工業の前身、三菱重工業が製造・販売していた乗用車。
本稿では、改良型であるコルト1000F、コルト1100F、コルト11Fについても記述する。三菱コルト1100F/三菱オート・ギャラリー
目次
1 概要
2 解説
3 歴史
4 レース
5 参考文献
6 関連項目
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通産省の国民車構想により登場した三菱500、その後のコルト600の後継車で、当時ダイハツ・コンパーノやマツダ・ファミリアを中心とした800ccの大衆車市場に参入するために、コルト600は200cc排気量をアップし、この系列では初めての水冷エンジン搭載車として、フルモデルチェンジを行い登場した。
当時、国際的に流行した独特のファストバックスタイルは、当初テールゲートを持たなかったが、1967年末にハッチバック(3ドア)が、1968年初めには4ドアが追加設定された。エンジンは当初2サイクル水冷直列3気筒843cc、最高出45PS/4500rpm最大トルク8.4kgm/3000rpmの1種で、駆動方式もコルト600までのRRから一般的なFRに変更された。サスペンションも前輪はダブルウィシュボーンと横置きリーフスプリングで、後輪はリジッドアクスルとリーフスプリングとなった。
コルト800は、スズキ・フロンテ800とともに2ストロークエンジンを好むユーザーに人気があったが、4ストロークエンジンの優位性の前には勝ち目は無く、1966年9月に、コルト800のボディに上級モデルであるコルト1000のKE43型4サイクル直列4気筒OHV997ccを移植した1000Fを追加した。最高出力55PS/6000rpm最大トルク7.5kgM/3800rpmで最高速度は135km/h。
1968年10月には、1100Fスーパースポーツ登場、直後に800の生産が打ち切られ、1000F/1100Fの2本立てとなり、1969年5月には1000が消滅し、1100Fのみとなり、名称も11Fに変更された。内外装の変更を最後に、同年10月、製造中止となり、コルトギャランへモデルチェンジされた。
歴史
1965年11月-通産省の国民車構想に対して三菱から発売された乗用車・三菱500、コルト600の後継車として登場。トヨタ・パブリカが700ccだったので対抗して排気量が800ccになった。当時としては、めずらしいファストバック型の2ドアセダンだった。
1966年9月:1000ccの1000Fを発売。
1967年8月:1000Fにハッチバックを加えた3ドアを発売。
1968年8月:マイナーチェンジが行われ、4ドアと1100ccの1100Fを追加。
1968年10月:スポーティバージョン1100Fスーパースポーツを追加。
1969年5月:マイナーチェンジで1100Fを11Fの名称に変更。
1969年10月:11Fスーパースポーツのみ11-SSに変更。
レース
コルト1000Fは三菱の国際ラリー車第1号としてサザンクロスラリーにも参戦した。
参考文献
『国産車100年の軌跡』?モーターファン別冊?三栄書房
『セピアカラーで綴る1960年代のクルマたち』-モーターマガジン社
『国産名車コレクションNo.42』?アシェット・コレクションズ・ジャパン
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カテゴリ: 三菱の車種
更新日時:2009年6月21日(日)04:30(日時は
取得日時:2009/07/07 06:58