リール_(フランス)
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リール

De gueules a la fleur de lis florencee d'argent.
行政
フランス
地域圏 (Region)オー=ド=フランス地域圏
(departement)ノール県
(arrondissement)リール郡
小郡 (canton)9 (19自治体)
INSEEコード59350
郵便番号59000, 59033, 59800
市長任期マルティーヌ・オブリー (社会党)
2014年-2020年
自治体間連合 (fr)Lille Metropole Communaute urbaine
1,091,438 habitants (2005年)
人口動態
人口224 900人
2005年
人口密度6103人/km2
都市的集積地域 (fr)1 230 000人(2007年)(都市圏、フランス領)
都市圏  (en) 1 902 966人(2008年)(都市圏、フランス領とベルギー領)
住民の呼称リロワ、リロワーズ
地理
座標北緯50度38分05秒 東経3度03分46秒? / ?北緯50.6346度 東経3.0629度? / 50.6346; 3.0629座標: 北緯50度38分05秒 東経3度03分46秒? / ?北緯50.6346度 東経3.0629度? / 50.6346; 3.0629
標高平均:25 m
最低:18 m
最高:46 m
面積34,83km2 (3483ha)
リール
公式サイト

www.mairie-lille.fr
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リール(フランス語:Lille, オランダ語フラマン語:Rijsel ドイツ語:Ryssel)は、フランス北部の都市で、ベルギーと国境を接するオー=ド=フランス地域圏の首府、ノール県の県庁所在地である。


目次

1 概要

2 地理

3 歴史

4 気候

5 行政

5.1 市役所

5.2 リール圏の発展

5.2.1 街の拡大



6 経済

6.1 企業

6.2 雇用


7 交通

8 教育

9 文化

9.1 美術館・博物館

9.2 劇場

9.3 スポーツ


10 姉妹都市・提携都市

11 リール出身の人物

12 脚注

13 外部リンク


概要

リールを含む一帯は、中世にはフランドル伯の領地であったので、フランドル・フランセーズ(Flandre francaise)と呼ばれることがある。リール市民はリロワ(Lillois)と呼ばれる(女性形はリロワーズ Lilloise)。シャルル・ド・ゴールの生地である[1]

大学が多く、9万人の学生がいる。
地理

リールとその近郊は、フランドル・ロマンと呼ばれ、歴史的はフランドル伯領であった。ダンケルクと違い、フラマン語圏には入らない。リールではフラマン語が話されていたという言い伝えと異なり、一度もリールがフラマン語を話す街であったことはなく、ロマン語の方言を話す地域であった。
歴史ポルト・ドゥ・パリ
ルイ14世に敬意を表し建設された。

リールは伝承によると、フランスのフランドル地域の中心地として640年に築かれた。しかし、文献の中にリールが現れるようになったのは、1054年のことである。

先史時代ガロ=ローマ時代に占領された痕跡が見られる。

中世には、Deule(デュール)と呼ばれる運河化された河川による土地の恵みと、繁栄していたフランドル伯領内の他の街との交易によって、リールは発展した。そして12世紀に、毛織物の市が立つようになった。

Mons-en-Pevele(モンサンペベル)の戦いの後、1304年から1369年の間、初めて国王の領地に取り入れられた。リールはブルゴーニュ公フィリップ2世(豪胆公)が統治する三大主要都市の一つになる。1477年にリールはハプスブルク家に渡った。

15世紀にはユグノー戦争に巻き込まれる。1555年、リールで初めての弾圧が起こり、また1560年からのユゥル(Hurlus:反逆するプロテスタントの称)の宗教戦争では、1580年と1582年にリールは占拠されかけた。

1667年、リールはネーデルラント継承戦争でフランス軍に包囲・占領される(リール包囲戦)。1668年のエクス=ラ=シャペル条約で併合が公表され、シャルル・ダルタニャンが総督となる。しかし1708年のスペイン継承戦争では、ヴォーバンによって構築された要塞が攻略されてしまい(リール包囲戦)、1713年までリールはヨーロッパ同盟の手中となった。

リール都市の工業化は19世紀に始まる。大陸封鎖令により繊維工業が増進し、1800年には人口が53000人を記録、1891年には200000人を越えた。1896年、リールでギュスタブ・デロリーが、フランスにおいて初めての社会党員市長となった。

1914年10月から1918年まで、リールはドイツに占領される。占領時、“18橋”と呼ばれる武器弾薬庫の激しい爆発が起こる。街は破壊され、その爆音はオランダの中心にまで聞こえたと言われる。この爆発はリール街中に膨大な公害を生み出し、人々を苦しめた。

1929年の世界恐慌では、影響がリールにも及び、1935年には3分の1のリロワが貧窮に苦しんだ。

第二次世界大戦後には、リールが生業としていた繊維業、石炭業、金属業界の恐慌に直面する。

1980年代以降リールは、ウラリール、TGV英仏海峡トンネルなど大型施設の恩恵の下、サービス業に眼を向けている。
気候

リールは西岸海洋性気候である。夏は高温になることはないが、冬は零度以下になる。降水量は年間通じてある。

リールの気候
月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月年
最高気温記録 °C (°F)14.8
(58.6)18.9
(66)22.7
(72.9)27.6
(81.7)31.7
(89.1)34.8
(94.6)36.1
(97)36.6
(97.9)33.8
(92.8)27.5
(81.5)20.1
(68.2)15.9
(60.6)36.1
(97)
平均最高気温 °C (°F)6
(43)6
(43)9
(48)12
(54)17
(63)19
(66)22
(72)23
(73)19
(66)14
(57)9
(48)7
(45)13.6
(56.5)
平均最低気温 °C (°F)?1
(30)?1
(30)2
(36)4
(39)8
(46)11
(52)13
(55)13
(55)11
(52)7
(45)4
(39)2
(36)6.1
(43)
最低気温記録 °C (°F)?19.5
(?3.1)?17.8
(0)?8.8
(16.2)?4.7
(23.5)?2.3
(27.9)0.0
(32)3.4
(38.1)3.9
(39)1.2
(34.2)?4.4
(24.1)?7.8
(18)?17.3
(0.9)?19.5
(?3.1)
降水量 mm (inch)48
(1.89)41
(1.61)43
(1.69)43
(1.69)51
(2.01)56
(2.2)61
(2.4)58
(2.28)56
(2.2)64
(2.52)61
(2.4)58


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