ユナイテッド航空232便不時着事故
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ユナイテッド航空232便不時着事故着陸直前に撮影された事故機の写真
(赤色で示された部分が損傷個所)
事故の概要
日付1989年7月19日
概要破損したエンジンの破片が全ての油圧系統を損傷し、操縦不能に陥った
現場 アメリカ合衆国アイオワ州スーシティ(スー・ゲートウェイ空港(英語版))
乗客数285[1]
乗員数11[1]
負傷者数
(死者除く)172[1]
死者数112[注釈 1][1]
生存者数184[注釈 1][1]
機種マクドネル・ダグラス DC-10-10
運用者ユナイテッド航空 (UAL)
機体記号N1819U
出発地 アメリカ合衆国ステープルトン国際空港
経由地 アメリカ合衆国シカゴ・オヘア国際空港
目的地 アメリカ合衆国フィラデルフィア国際空港
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ユナイテッド航空232便不時着事故(ユナイテッドこうくう232びんふじちゃくじこ、英語: United Airlines Flight 232)は、1989年7月19日ユナイテッド航空の定期232便が、アメリカ合衆国アイオワ州スーシティのスー・ゲートウェイ空港(英語版)に緊急着陸を試み、大破した航空事故である。

事故機はマクドネル・ダグラスDC-10型機だった。ステープルトン国際空港からシカゴ・オヘア国際空港へ向けて飛行中に、第2エンジンのファン・ディスクが破断し、設計上の保護水準を超えたエネルギーで破片が飛散した。これにより全ての油圧操縦系統が機能喪失し、操縦翼面を操作できなくなった。偶然、事故機にはDC-10型機の機長資格を持つ訓練審査官が非番で搭乗しており、コックピットに入り正規の乗務員と協力して操縦にあたった。パイロット達は左右2基のエンジン推力の調整により操縦を試み、スー・ゲートウェイ空港まで辿り着いたものの、着陸寸前に機体姿勢が崩れて右翼端から接地し、機体は横転しながら大破炎上した。待機していた消防救助隊が直ちに救出活動を開始し、乗客乗員296人の半数以上が救助されたが、最終的に112人が死亡した[注釈 1]

事故調査の結果、ファン・ディスク破砕の原因は、材料のチタン合金製造時における欠陥に起因することが判明した。この欠陥から疲労亀裂が成長し、最終的に破断に至った。ファン・ディスクは定期検査を受けていたが、亀裂は見逃されていた。整備における人的要因の考慮が不十分だったためと結論された。

事故機は、さらに多くの犠牲者が出てもおかしくない状況であったため、184人が生存できたことは航空界を驚かせた。事故後のシミュレーター試験では、油圧系統が完全に機能喪失した場合、安全に着陸させることは困難という結論に至った。事故調査報告書は「あのような状況下でのユナイテッド航空の乗務員の対応は、高く称賛に値し、論理的予想をはるかに超える」と記し、本事故は、クルー・リソース・マネジメントの成功例として知られることとなった。


目次

1 事故当日のユナイテッド航空232便

2 事故の経過

2.1 離陸からエンジン異常発生まで

2.2 TCA機長の登場

2.3 緊急着陸の決断と準備 

2.4 最終進入まで 

2.5 着陸そして大破 


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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