マリ共和国
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座標: 北緯17度 西経4度 / 北緯17度 西経4度 / 17; -4

この項目では、西アフリカのマリ共和国について説明しています。ロシアのマリ共和国(俗称)については「マリ・エル共和国」をご覧ください。
マリ共和国
Republique du Mali


国旗)(国章)
国の標語:Un Peuple, Un But, Une Foi
(フランス語: 1つの国民、1つの目標、1つの信念)国歌アフリカのため、そして君、マリのため

公用語フランス語[1]
首都バマコ
最大の都市バマコ
政府
大統領イブラヒム・ケイタ
首相スメイロ・ブベイエ・メイガ(英語版)

面積
総計1,240,000km223位
水面積率1.6%

人口
総計(2012年16,300,000人(???位
人口密度10人/km2

GDP(自国通貨表示)
合計(2008年)3兆9,144億[2]CFAフラン

GDP (MER)
合計(2008年)87億[2]ドル(121位

GDP (PPP)
合計(2008年)105億3,000万[2]ドル(150位
1人あたり1,126[2]ドル

独立
 - 日付フランスより
1960年9月22日
通貨CFAフラン (XOF)
時間帯UTC (-1)(DST:なし)
ISO 3166-1ML / MLI
ccTLD.ml
国際電話番号223
マリの地図

マリ共和国(マリきょうわこく)、通称マリは、西アフリカに位置する共和制国家。西をモーリタニア、北をアルジェリア、東をニジェール、南をブルキナファソコートジボワール、南西をギニア、西をセネガルに囲まれた内陸国である。首都バマコ

国土の北側3分の1はサハラ砂漠の一部であり、ちょうど中心を流れるニジェール川沿岸に農耕地が広がる。南部はやや降水量の多いサバンナ地帯である。
目次

1 国名

2 歴史

2.1 古代

2.2 マリ帝国とソンガイ帝国

2.3 サアド朝モロッコ支配期

2.4 小国乱立期

2.5 フランス植民地期

2.6 独立

2.7 マリ北部紛争


3 政治

3.1 元首

3.2 行政

3.3 立法

3.4 司法


4 軍事

5 地方行政区分

5.1 主要都市


6 地理

7 経済

8 国民

8.1 民族

8.2 言語

8.3 宗教

8.4 教育


9 文化

9.1 音楽

9.2 映画

9.3 世界遺産

9.4 祝祭日


10 著名な出身者

11 参考文献

12 脚注

13 関連項目

14 外部リンク

国名

正式名称は、Republique du Mali(レピュブリク・デュ・マリ)。通称、Mali。

公式の英語表記は、Republic of Mali(リパブリク・オヴ・マーリ)。通称、Mali。

日本語の表記は、マリ共和国。通称、マリ。漢字表記は、馬里。

植民地時代はフランス領スーダンと呼ばれていたが、独立時に現在の国名となった。マリの名は、かつてこの地にあったマリ帝国の繁栄にあやかって名づけられた。マリとは、バンバラ語で「カバ」という意味で、首都バマコにはカバの銅像がある。
歴史詳細は「マリの歴史(英語版)」を参照
古代詳細は「en:Pre-Imperial Mali」を参照

現在のマリの領域における最古の国家は、7世紀に興りマリ西部を領したソニンケ族ガーナ王国と、東部のガオに起こったガオ王国とされている。とくにガーナ王国は、北アフリカアラブ人からを輸入し象牙を輸出するサハラ交易(いわゆる塩金交易)によって8世紀に絶頂期を迎えた。しかしガーナ王国はサヘルの乾燥化によって勢力を減退させ、1076年ベルベル人ムラービト朝に攻撃され小国へと転落した。

ガーナ王国の衰退後、マリ西部はスス族(英語版)の興した反イスラムのスス王国(英語版)が覇権を握った。
マリ帝国とソンガイ帝国 マリ帝国マンサ・ムーサ

13世紀に入るとニジェール川上流部にいたマンディンカ族スンジャタ・ケイタマリ帝国を興し、1235年、キリナの戦い(英語版)でスス王国を滅ぼしてこの地域の覇権を握った。マリ帝国はニジェール川中流域へと勢力を拡大し、ジェンネトンブクトゥといった交易都市が繁栄した[3]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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