フィルム・ノワール
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『ビッグ・コンボ』(1955年)でのシルエット描写。この映画の撮影監督ジョン・オルトンはフィルム・ノワールを特徴付ける極端な明暗対照法を生み出した。

フィルム・ノワール (film noir) は、虚無的・悲観的・退廃的な指向性を持つ犯罪映画 を指した総称である。

狭義には、1940年代前半から1950年代後期にかけて、主にアメリカで製作された犯罪映画を指す。


目次

1 起源と定義

2 フィルム・ノワールの特徴

3 フレンチ・フィルム・ノワールと香港ノワール

4 フィルム・ノワールの代表的作品

5 「広義」のフィルム・ノワール

6 日本のフィルム・ノワール

7 関連項目

8 註


起源と定義

Film noirはフランス語で「暗い映画」を意味する。(なお、noirとはフランス語で"い"(英語でいえばBlack)という意味の形容詞である)

1946年フランス映画批評家脚本家ニーノ・フランクが、アメリカ第二次世界大戦中に製作された『マルタの鷹』『飾窓の女』などの犯罪映画の一群を指して、この呼称を与えた[1]のが起源と言われる[2]。以後フランスの映画評論界における用語として定着し、後にはアメリカにも用語・定義として逆輸入された。

フランス語であるため、一部にはフランス製ギャング映画を指してフィルム・ノワールと表現する例がみられる(後述フレンチ・フィルム・ノワール参照のこと)が、本来は上記のような経緯からハリウッドで製作された犯罪映画を指し、1941年製作の『マルタの鷹』(監督:ジョン・ヒューストン、主演:ハンフリー・ボガート)をそのはしりとする。一部にはそれに先立つ1940年製作の『三階の他人』Stranger on the Third Floor(監督:ボリス・イングスター)を最初のフィルム・ノワールと定義する評論家もある。一般的な定義では、1941年製作の『マルタの鷹』から、1958年製作の『黒い罠』(監督:オーソン・ウェルズ、主演:チャールトン・ヘストン)に至る時期の作品群を指すものとされている。

もっとも更に遡る1932年公開(製作は1930年)の『暗黒街の顔役』(監督:ハワード・ホークス、主演:ポール・ムニ)を、その当時のギャング映画としては突出した(倫理コードの極限の[3])凶暴性と破滅・退廃性から、フィルム・ノワールの源流と考える見方もある。

なお、このジャンルの期間や含まれる作品は確固たるものではなく、上記のごとく評論家個々によって相当に異なる。
フィルム・ノワールの特徴過去を逃れて』(1947年)はフィルム・ノワールの代表的な特徴が数多く表現されている。皮肉屋の私立探偵の主人公、ファム・ファタール、ボイスオーバーナレーションとともに使われるフラッシュバックキアロスクーロが強調された画面、挑発的な冗談で変化づけられる諦観したムード。 画面はロバート・ミッチャムジェーン・グリア

犯罪に題材を得ていれば総てフィルム・ノワールと呼ぶわけではない。ジェームズ・キャグニーエドワード・G・ロビンソンらが主演した1930年代のギャング映画一般は、フィルム・ノワールとは呼ばれない。

フィルム・ノワールとされる映画には、ドイツ表現主義にも通じる、影やコントラストを多用した色調やセットで撮影され、行き場のない閉塞感が作品全体を覆っている。夜間のロケーション撮影が多いのも特徴といえる。その全盛期における多くの作品はコストの制約もあってモノクロームで制作され、カラーの事例は少ない。

多くのフィルム・ノワールには、男を堕落させる「ファム・ファタール」(運命の女、危険な女)が登場する。また、登場人物の主な種別として、私立探偵警官判事、富裕層の市民、弁護士ギャング、無法者などがあげられる。フィルム・ノワール以前の映画と大きく異なる点は、これらの登場人物が、職業倫理、もしくは人格面で、堕落または破綻を来しており(もしくはそれを悪化させて行く)、一筋縄ではいかないキャラクターとして描かれている点である。彼らは、シニカルな人生観や、閉塞感、悲観的な世界観に支配されている。登場人物相互間での裏切りや、無慈悲な仕打ち、支配欲などが描かれ、それに伴う殺人、主人公の破滅が、しばしば映画のストーリーの核となる。

ストーリーの展開としては、完全に直線的な時系列で物語が語られることはまれであり、モノローグや回想などを使用して、物語が進行することが多い。モノローグと回想で進行する『深夜の告白』はその典型と言え、時系列錯綜を徹底させた例では『現金に体を張れ』などがあげられる。

低予算のB級映画として製作された作品が多く、予算や撮影日数、上映時間(B級作品は70分?80分の短尺作品が多かった)の制約は厳しかった。コストダウンのために既存セットの流用やロケーション撮影が多用された。主役にはしばしば二流もしくは無名俳優が起用されることもあった。映画会社と契約した専属シナリオライターたちは、限られた時間内で新味のあるB級映画向けシナリオの量産を強いられ、ストーリーの大胆な省略や風変わりな設定がよく用いられた(コメディやメロドラマに比しても、フィルム・ノワールではその傾向が顕著である)[4]

当時の映画技術的進歩として、コーティングされた明るいレンズ、小型化され同時録音が可能になったシネカメラ、照明機材の小型化などがある。第二次世界大戦直前から戦時中にかけ、軍事・報道記録用のシネカメラが機能的に発達した影響であるが、これはスタジオを飛び出してのロケ撮影や夜間撮影を容易とし、撮影コストの抑制とリアリズムの追求に資することになった。
フレンチ・フィルム・ノワールと香港ノワール

一方で、ジャン=ピエール・メルヴィルジョゼ・ジョヴァンニなどの作品を含むフランス製ギャング映画を、フレンチ・フィルム・ノワール(フランス製フィルム・ノワール)と呼んで分類する場合がある。ジャック・ベッケル監督の『現金に手を出すな』(1954年)およびジュールズ・ダッシン監督の『男の争い』(1955年)をそのはしりとし、このジャンルの映画の系譜はおおむね1970年代まで盛んに続いた。

根元的には、第二次世界大戦後にフランスで興隆してきた「セリ・ノワール」(暗黒小説)と呼ばれるギャング物の犯罪小説を起源としており(前述2作も、アルベール・シモナンと、オーギュスト・ル・ブルトンの、それぞれ共に1953年発表の小説を映画化したものである)、更にそのセリ・ノワールもまた、戦後流入したアメリカのハードボイルド小説とフィルム・ノワールの影響を多かれ少なかれ受けていた。

アメリカン・フィルム・ノワールとの最も大きな違いは、「男同士の友情と裏切り」を多く主題としている点である。フレンチ・フィルム・ノワールには、アメリカン・フィルムノワールにおける「ファム・ファタール」としての強いキャラクターを備えた「悪女」はあまり登場せず、場合によっては女性が一人も登場しない作品もある。従ってアメリカン・フィルム・ノワールのようなニューロティックな傾向は希薄であり、むしろ情念の濃厚なギャング映画という性格が強い(ジャン・ピエール・メルヴィルの作品の一部のような例外もある)。

このような性質上、フレンチ・フィルム・ノワール作品の多くは、暗黒街におけるギャングと警察、もしくはギャング同士の対立を軸に構成されている。

これは1980年代以降、ジョン・ウーなどが監督・製作した香港製犯罪映画(日本では、香港ノワール等とも言われる)にも通じる傾向である。香港ノワールは、アクション性の強さでは(アメリカン・フィルム・ノワール以外の)ハリウッド製アクション映画との親和性・近似性を備えるが、ギャング映画としての基本的ベクトルはフレンチ・フィルム・ノワールに近い。
フィルム・ノワールの代表的作品


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