バリ島
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舞踊・音楽ケチャ

バリ島の祭礼や儀礼には、必ず舞踊が伴う。そうした舞踏・音楽芸能についていえば、舞踊芸術のケチャレゴンバロン・ダンス、憑依舞踊のサンヒャン・ドゥダリ、そして、これらの伴奏にも使われるガムランやジュゴグ(竹のガムラン)がよく知られている。これらは、確かに元来は共同体の宗教儀礼として行われてきたものであるが、実際に観光客に見せているのは、共同体の祭祀からは切り離され観光用に仕組まれたレパートリーである。

その成立過程を見てみると、オランダ植民統治時代に当時の中心地シガラジャでクビヤールと呼ばれる舞踊・音楽・ガムラン編成が生まれている。そして、1920年代後半に観光客を運ぶ運転手を通じて瞬く間に南部にも広がり、観光のための創作活動が盛んになり、こうして舞踊芸術が宗教的文脈から切り離されていったのである[46]

例えば、バロンとランダの戦いをモチーフとしたチャロナラン劇は、そもそもは宗教儀礼として19世紀末に成立したものであるが、トランス状態に陥った男性がクリスで胸を突くといった場面が見られる21世紀現在の演劇性に富んだ形態は、1930年代前後に「観光客に分かりやすく見せるために」成立し島内に広まったものである[47]

今日のバリの舞踊芸術は、宗教的な重要性に応じて、以下の3段階に区分されている。

タリ・ワリ (tari wali)
共同体の宗教儀式そのもの、または儀式を完結するものとして機能する舞踊。「ワリ」は「捧げ物」ないし「供物」を意味する。ルジャン、ペンデット、サンギャン、バリス・グデなどが含まれる。

タリ・ブバリ (tari bebali)
ワリに比べて儀式性、限定性は弱いが、宗教儀式の伴奏あるいは奉納芸として機能する。トペン、ガンプーなど。

タリ・バリ=バリアン (tari balih-balihan)
タリ・バリ=バリアンは「見せ物」を意味し、観賞用、娯楽用に作られたものを指す。クビヤール・スタイルのものはこれに属する。
影絵芝居影絵芝居に使う操り人形、ワヤン・クリ

影絵芝居(ワヤン・クリ)は、バリの人々にとって、時空を超えた知識と教養の源泉である。すなわち、芸能としてワヤンは、それを鑑賞する人間の意識の底に次第に堆積されてゆく、潜在的な価値の体系なのである。ワヤンのストーリーは、主に古代インド叙事詩である『ラーマーヤナ』、『マハーバーラタ』であり、人形使いのダランは、サンスクリットの知識を有した特別な僧侶であるプダンダが務める[48]。また1990年代後半頃から、ワヤン・チェン・ブロンと呼ばれる娯楽化したワヤンが若者の支持を集めるようになり、伝統的なワヤンは衰退の一途をたどっている[49]
工芸

バリ島の伝統工芸の起原は、火葬などの宗教儀礼時の供物にある。したがって、いかに精緻に作られていようとも、強度に対する関心は低い。木彫りについては、装飾工芸として、扉や柱などの建築物、彫像、小物、演劇の仮面などで日常的に利用されてきたが、今日の動物の愛らしい彫像はやはり「バリ島ルネッサンス」の時代に生まれたものである。布地では、シーツやタオルなど幅広く用いられるサロン、織物では「ジャワ更」とも呼ばれるバティック(ならびにイカット織)がよく知られている。ほかには、チュルク村の銀細工も歴史的によく知られている。しかし、工芸品の製作者たちのほとんどは自らの創造性を生かした創作活動に励んでいる訳ではなく、その作品は値切って買いたたかれるような代物になっている[50]
バリ絵画バリ絵画

色彩豊かで緻密な描写が特徴であるバリ絵画の原点は、16世紀後半のマジャパヒト王国時代の頃とされ、王宮向けの装飾絵画として発展し、『ラーマーヤナ』、『マハーバーラタ』やヒンドゥー多神教の神々などが題材とされてきた。当時から伝わるバリ絵画の技法はカマサン・スタイルと呼ばれ、基本的には5色(茶色)を使用し遠近法を用いず平面的に描かれることが多い。特にカマサン村では、伝統的な技法の継承に加え、新しい感性を加味し発展させている。

オランダ支配時代の1920年代に来島した前述のヴァルター・シュピースやオランダ人の画家ルドルフ・ボネらと、グスティ・ニョマン・レンパッドに代表される地元作家との交流から芸術家協会(ピタ・マハ協会)が生まれ、遠近法などの新しい技法が加わることでさらに発展し、バリ絵画は国際的な水準にまで引き上げられた。1930年代のピーク時には、100名以上の芸術家がピタ・マハ協会に所属していた。この間に生まれた画法としては、墨絵のような細密画を特徴とするバトゥアン・スタイル、ボネの指導によって生まれた、日常の風景を題材とするウブド・スタイルなどがある。

また、商取引によるバリ絵画作品の散逸を防ぐ動きが現地の画商の間で見られている。そのさきがけとなったのが、ウブドの画商パンデ・ワヤン・ステジョ・ネカであり、ウブドでは彼の設立したネカ美術館が運営されている。ほかには、かつてルドルフ・ボネらが1956年に開設したウブド絵画美術館(プリ・ルキサン)、デンパサールのバリ博物館、バリ文化センター、そして、1932年からサヌール海岸に居を構えたベルギー人画家ル・メイヨールの作品を収めたル・メイヨール絵画美術館などがある。しかし、他方では、高名な画家の作品を手に入れた美術品店が、それをモデルにして若い絵師に贋作を作らせ観光客に売りつけるケースもあり、美術品店嫌いの画家も多い[51]

経済と観光 - バリ島経済を支える観光業

2004年 産業別バリ州域内総生産
(単位:100万
ルピア[52]産業区分金額%
農林漁業6,011,42620.7%
採鉱・採石業196,4710.7%
製造業2,610,1319.0%
電気・ガス・水道業522,5331.8%
建設業1,132,7193.9%
商取引、ホテル、レストラン8,452,94429.2%
通信輸送業3,275,45311.3%
金融業1,969,6226.8%
サービス業4,815,27216.6%
合計28,986,595100.0%

芸能・芸術の島として知られ、かつ、早くからビーチ・リゾートが開発されてきたバリは、世界的な観光地となっており、東南アジア各地のビーチ・リゾートのモデルとなっている。先進国の経済的価値を基準として比較すると物価水準がかなり低廉であり、比較的若年層でも十分楽しめることも人気の一要素である。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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